~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「21.炎の樹海」
アリスとエミリーは突然樹海で燃え上がった炎から逃れるために、愛馬を全速力で走らせていました。炎も二人を追いかけるかのように燃え広がります。
アリスとエミリーは燃え盛る炎の間をかいくぐってカトリーヌとアンヌを走らせていました。
「もう少しで狩人小屋だ!頑張るのだ!」
「はいっ、お姉さま!」
二頭の馬はものすごい勢いで燃える樹海の中を走りました。
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やがて遠くの方に二人が見慣れた狩人小屋が見えてきました。
「見えたぞ!さあ、もう一頑張りだエミリー!」
「はいっ、お姉さま!」
アリスとエミリーは狩人小屋のすぐ近くに来ました。
「イザベル!ペーター!早く出てくるのだ!危険だ!」
アリスが小屋に向かって叫びました。その時でした。
「ああっ!」
エミリーが叫びました。二人を追ってきた炎はまだ小屋に達していないのに、突然、狩人小屋がものすごい勢いで燃え始めたのです。炎はあっという間に小屋を燃やしつくしてしまいました。
「何と言うことだ…。イザベルたちは無事か…?」
アリスはカトリーヌの上で茫然としていました。
「お姉さま!炎が回ってきます!まずは街道まで出ましょう!」
エミリーが叫びました。
「…うむ、ここで取り乱すわけにはゆかぬな。行こう。」
アリスは燃え盛る狩人小屋をもう一度だけ見ると、カトリーヌを走らせてエミリーの後をついて行きました。
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しかし、アリスの心配は杞憂に終わりました。街道に二人が出ると、そこにはイザベルたちがいたのです。
「イザベル!ペーター!無事だったか!」
アリスは心から喜びました。
「炎が迫ってきていることがわかったので、先に避難することができました。しかし…、厳しい状況ですね。」
イザベルの顔に笑顔はありませんでした。
「ヨウフェイは無事ですか?」
エミリーが心配そうにイザベルに聞くと、その後ろからひょっこりとヨウフェイが顔をのぞかせました。
「ヨウフェイはもう大丈夫ヨ!」
「思ったよりも回復が早かったので…。とにかくこれに関しては安心です。」
イザベルは一瞬笑顔を見せましたが、また真剣な表情に戻りました。
「とにかく今は逃げることが先決です。ランダール峠の方面に逃げましょうか?」
「いえ、ここはレバリー方面に逃げましょう。まだオリバーさんたちも到着していません。レバリー方面に逃げれば必ずオリバーさんたちとも合流できます。」
エミリーが言いました。他の仲間たちにも異存はないようです。
「うむ、そうと決まれば話は早い。さあ、馬に乗るのだ。」
アリスが声をかけました。イザベルはエミリーの、チュンフェイはペーターの、ヨウフェイはアリスの後ろに乗りました。
「さあ、行くぞ!」
アリスの号令で三頭の馬は猛烈な勢いで走り始めました。
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一方オリバーたちも遠くの炎の気配を察知しました。真っ先に気づいたのはハンスです。
「先生!どうやら樹海が火事です。しかも大規模な…。」
「アリスたちが心配だな…。よし、ビアンカ。みんなを連れて急いで引き返すんだ。樹海から遠ざかれるだけ遠ざかるんだ。俺とパトリックは馬でこの先まで進んでアリスたちと合流する。念のため、魔術を使えるモニカとローズも俺たちが連れて行くよ。」
「わかったよ、師匠。みんな、急ごう!」
ビアンカは仲間たちを連れて大急ぎで引き返していきました。
「オリバー、私たちも急ごう。」
パトリックがオリバーに呼びかけました。
「ああ、そうだな。」
二人はローズとモニカがしっかりとつかまっていることを確認すると、馬を走らせました。
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オリバーたちがしばらく進むと、遠くから走ってくるアリスたちの姿が見えました。
「みんな!無事だったかい?」
パトリックが声をかけました。
「俺たちは大丈夫です!」
「ヨウフェイさんも無事に回復しました。」
ペーターとイザベルは嬉しそうに答えました。しかしアリスとエミリーは深刻な表情をしています。
「だが、この先には木こりたちの小さな村があるのだ。幼い子どもらも大勢いる。」
「この炎の勢いではただ逃げていたのではとても間に合いません。」
「とにかく、これ以上こちらに火が向かってくるのを防がなければなりませんね。」
モニカはそう言ってフランソワの上から降りました。
「オリバーさん、イザベルさん、協力してください。」
「どうすればいいんだ?」
「オリバーさんとイザベルさんで強力な防御の魔力線をこの一帯に張って下さい。私はその魔力線に向かって使える限りの魔力を使って氷の魔術を唱えます。それで当分は持ちこたえられるはずです。」
モニカからの思わぬ提案にオリバーとイザベルは驚きましたが、緊張した様子で頷きました。
「…ではやりましょう。炎はどんどん近付いてきています。」
イザベルがオリバーに言いました。
「…よし。俺たち三人以外は下がっていてくれ。危険だからな。ローズはエドゥアルトを連れて行くんだ。」
オリバーの言葉にローズたちは頷くと、その場から少しだけ遠ざかりました。オリバーとイザベルは息を合わせると、同時に叫びました。
「プロテクション!」
すると、青白い光が辺り一帯を包みこみました。そしてその光は照らす範囲をどんどんと広げて行きます。オリバーとイザベルは多くの魔力を消耗し、フラフラになっていました。
「では行きます!アイスドゥーム!」
モニカも叫びました。すると、青白い光が無数の小さな氷のかけらへと変化しました。モニカもまた地面に座り込んでしまいました。
「すぐに連れて行くぞ!」
パトリックを先頭に仲間たちが馬を走らせてきました。そして三人を馬に乗せました。
「見てください、先生!炎が氷にぶち当たっていますよ!」
ペーターの声にオリバーがそちらを見ると、氷の壁に阻まれて炎はそれ以上先に進めないようです。
「モニカ、よくやったね。」
パトリックがモニカをねぎらいました。そしてみんなに呼び掛けました。
「さあ、引き返そう。早くビアンカたちと合流しないとね。きっと心配しているよ。」
パトリックの言葉に仲間たちは馬を駆け足で走らせました。
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しばらく進むと、オリバーたちはビアンカたちと合流することができました。
「みんな無事か!よかった!」
レオンが嬉しそうに言いました。
「ここまでくれば大丈夫なはずだ。まずはレバリーまで戻ろう。」
オリバーがまだ青い顔のまま言いました。
「師匠、大丈夫?…あ、イザベルもモニカも…。みんな顔が真っ青だね。」
ビアンカが心配そうに言いました。
「三人とも魔力を振り絞って氷の壁をつくって炎を食い止めてくれたからね…。とにかくレバリーに戻ってゆっくり休まないと…。この調子だと、夜にはレバリーに戻れそうだね。」
パトリックがいたわるように言いました。
しかしその時でした。オリバーたちの両脇の木が瞬く間に燃え始めました。ペーターが顔を真っ青にしました。
「うわっ!また燃え始めた!」
その瞬間、パトリックの背に体重を預けていたモニカがサッと上体を起こし、大声で叫びました。
「アイスドゥーム!」
すると炎はそのままの形で凍りつきました。
「炎がそのままの形で…、こりゃあ合成魔獣…?」
レオンの言葉に、オリバーは頷きました。
「ああ…。本当の炎だったら消滅しているはずだからな。」
その時、焦ったようなパトリックの声が聞こえてきました。
「モニカ!大丈夫かい、モニカ!」
パトリックが動揺した様子でモニカを揺すっています。モニカはパトリックの腕の中でぐったりしています。仲間たちはこんなに動揺したパトリックを見たことはありませんでした。
「パトリックさん!落ち着いてください!そんなに揺さぶってはいけません!」
イザベルが駆け寄りました。
「…どうやら魔力を使い果たしてしまったようですね。しばらく安静にしていなければなりませんね…。」
「…すまないね、イザベル。取り乱してしまって…。今までにモニカがこんなふうになることなんてなかったから…。」
パトリックは申し訳なさそうにイザベルに謝りました。
「…正直、私も驚いています。確かにあのレベルの氷の壁を生成するには相当な魔力を必要としますが、モニカさんの魔力の埋蔵量を考えるとここまで消耗してしまうとは…考えにくいですね。それに、私もいつも以上に魔力を消耗してしまっている気がします。…オリバーさんはどうですか?」
オリバーは深刻な表情で頷いて言いました。
「ああ、俺も同じことを感じていた…。俺自身、防御の魔力線を張ることにはそれほど慣れていないから、ある程度の魔力の消耗は覚悟していたが…、ここまで削られるとは…。」
その時、ラルフがハッとしたように顔を上げて言いました。
「もしかしたら…!前にギル大臣が召喚したデスサラマンダーとの戦いの時みたいに、魔力を吸い取られているのでは…?」
「可能性はあるな…。これは早く樹海を抜けなければ、もっと危険なことになるかもしれない…。」
オリバーが険しい表情で言った瞬間、ロジェが突然空を見上げて言葉にならない声をあげ始めました。
「あう…、え…、あ!」
「どうしたんだよ、ロジェ…。ああっ!」
ロジェの心配をしたレオンは空を見上げて愕然としました。
「あ、あれは…シャロンじゃねぇか!」
仲間たちは空を見上げました。ダナラスフォルスと同じように、そこには空に浮かぶシャロンの姿がありました。シャロンは静かに彼らに話しかけました。
「おや、まだ生きていましたか…。もう魔力を完全に吸い取られ、炎に巻かれて死んでいたかと思いましたのに…。」
レオンはカッとなってシャロンに叫びました。
「いい気になって高いところから見下ろしてるんじゃねぇよ!降りてきやがれ!」
「まったく、血の気が荒いこと…。」
それからシャロンはオリバーの方を見ました。
「それにしても、驚きましたよ、オリバー・ローゼンハイン。ここ数日、あなたのことを少々調べさせてもらいましたが…、あなたはもともと闇の魔術師、つまり私たちと同じ立場に立っていたとは…。」
「それがどうだというのだ?それはもう過去の話なのだ。それに吾れらはそのようなオリバーの過去も受け入れているのだ!」
アリスが怒ってシャロンに叫びました。
「まぁ…。それはけっこうだこと。でもその男はね、とんでもない悪魔なのですよ?
十年前にはヒューゲルという村の住民百十二人を皆殺しにしているのですよ?そのことは『ヒューゲルの悲劇』として周辺の村では未だに語り継がれています。
更にその話を聞いて討伐にやってきた善良な戦士たちをなぶり殺しにしています。その戦士たちの心を操り、同士討ちさせるという極悪非道な方法でです。」
オリバーはうつむいて震えています。ローズは後ろからギュッと彼の腕をつかみました。シャロンはさらに続けます。
「その翌年には何人かの闇の魔術師と人間殺戮遊戯という大会を開いていますね。制限時間以内にどれだけ多くの人間を、どれだけ残酷な方法で殺せるか、というものです。その大会でローゼンハインは優勝し、」
「や、やめろ!もうやめてくれ!」
オリバーは顔を真っ青にして震えています。耳を覆うようにしています。
「もうそのことは…、そのことは思い出したくないんだ…!」
その時、誰かがオリバーをエドゥアルトの上から引きずりおろしました。そして顔をグッと近づけるととてつもない剣幕でオリバーを一喝しました。
「師匠!師匠があいつの言葉に踊らされてどうするの!さっきアリスが言ったとおり、あたしたちは師匠の過去は全部受け入れているんだから!あいつは師匠を惑わそうとしてあんなこと言ってるだけなんだよ!」
ビアンカでした。オリバーはびっくりしたようにビアンカを見ました。ハンスはシャロンを睨みつけて言いました。
「シャロン!いくら言葉で惑わそうとしても無駄だ!俺たちと先生はかつてリバー王国を救うために苦楽を共にして強い絆で結ばれているんだ!とっとと消え去れ!」
シャロンはフッと息をつくと、余裕たっぷりな表情で言いました。
「…そうですか、では私は去ることにしましょう。…ですが、どうやら今の話を聞いてあなた方の中にはローゼンハインのことを信用できなくなった人もいるようですね。まあ、今後どうなることかとても楽しみです。ではごきげんよう!」
「待てっ!」
ハンスが叫んだときには、もうシャロンの姿は空にありませんでした。
「ふう…。とにかく危機は抜け出せたわけだな…。」
レオンが少し安心したように息をつきました。
「それにしてもよぅ、オリバーのことを信用できなくなったやつって…、」
マチルドが仲間を見渡した瞬間、何かがオリバーに向かって突進して行く様子が見えました。
「チュ、チュンフェイ!」
チュンフェイが大太刀を振りかざしてオリバーに斬りかかろうとしているのです。
「フィクセイション…!」
ローズが動きを止める魔術を唱えました。その瞬間、チュンフェイの動きが止まりました。オリバーは戸惑いながらもローズに言いました。
「ローズ!仲間に魔術を使うのは危険、」
「大丈夫…、動きを止めただけ…。息はできる…。」
「まさか、信用できなくなったのってチュンフェイなのか?」
マチルドが心配そうに言いましたが、すぐにチュンフェイに駆け寄ったペーターが少し安心したように、しかし一方で険しい表情で言いました。
「いや、チュンフェイは操られていたみたいだ。ほら、目が真っ赤だ…。」
本来、漆黒なはずのチュンフェイの目は真っ赤で、目線もどこかうつろです。マチルドがハッとしたように言いました。
「そうか…!チュンフェイはオリバーがヨウフェイの怪我に気づかなかったことに怒ってた。それを踏まえてシャロンはあたいらが混乱するようにチュンフェイを操って…。」
「私たちの弱みに付け込んで…、本当に卑怯なことをするね。」
パトリックは珍しく怒りをあらわにしています。
「以前の戦いで、闇の魔術師とはそのようなものだということは痛感させられています。それよりもチュンフェイさんをどうにかしなければなりませんね…。ヨウフェイさん、少々荒療治になりますが、お姉さんを救うためです。チュンフェイさんを一度、気絶させても大丈夫ですか?」
イザベルの言葉にヨウフェイは一瞬体をこわばらせましたが、頷きました。
「ヨウフェイの怪我も治してくれたし、狩人姉さんの件も片づけてくれたネ…。信用するヨ。」
「わかりました。」
イザベルは頷くと、誰にも聞こえないような声で何かをつぶやきました。すると、チュンフェイは魂を抜かれたように倒れこみました。ヨウフェイが心配そうに駆け寄りましたが、イザベルはホッとしたように言いました。
「どうやら成功したようです。さあ、早くこの樹海を後にしましょう。ペーターさん、チュンフェイさんを運んであげてください。」
「わかりました。」
ペーターは返事をしてチュンフェイを抱えあげ、グスタフに乗せました。
「…さあ、みんなも行こう。」
パトリックの声に、仲間たちはゆっくりとレバリーに向かって歩き始めました。
再びオリバーたちの前に姿を現したシャロンは、巧みな話術でオリバーを混乱させようとしますが、仲間たちのお陰でなんとか窮地を脱することができました。
次話ではレバリーの宿にもう一度泊まることにしたオリバーたちが、今回のことでショックを受けたり落ち込んでしまった仲間を励まし、また叱り飛ばします。どうぞお楽しみに!
ちなみにシャロンが言った、オリバーの過去の話はすべて事実です。オリバーはこの二つのできごとを特に深く後悔していて、未だに悪夢として見ることもあるようです。
では次話をお楽しみに!




