~暗黒の魔女~ 二章・オットー様の覚悟 「20.忍び寄る気配」
オリバーたちはノーザリン地方の村で魔獣の掃討に成功しました。しかし「無感の呪い」をかけられているヨウフェイは自分が怪我をしたことに気づかず、倒れてしまいました。アリスたちはヨウフェイを馬に乗せ、自分たちの狩人小屋を目指しました。
アリスたちは一足先に昔住んでいた狩人小屋に帰ってきました。アリスがペーターに声をかけました。
「ペーター、ヨウフェイを降ろすのを手伝ってはくれぬか。そっと降ろすのだぞ。」
「あ、うん。待ってて。」
ペーターはアリスに手を貸し、ヨウフェイをカトリーヌから降ろしました。
「お姉さま、わたくしは馬たちに餌をやっておきます。」
エミリーはそう言って馬たちを納屋の方へ連れて行きました。
「うむ、頼んだ。イザベルもチュンフェイも、吾れらの狩人小屋に入るのだ。最近はこの樹海も物騒なのだ、中に入った方がよい。」
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まだ眠っているヨウフェイは、木のベッドにそっと降ろされました。
「ヨウフェイはまだ目を覚まさぬのか?」
アリスが心配そうにイザベルに言いました。
「少しずつながらも出血量はとても多いものでした。まだしばらくかかるかもしれませんね…。」
イザベルは静かに答えました。
「そうか…。それではヨウフェイが目を覚ますまでの間、吾れらは狩りに行くとしよう。オリバーたちはきっと腹を空かしてここにやってくるだろうからな。」
アリスはそう言ってエミリーを呼びに小屋の外に出て行きました。
「私も少しこの小屋の周りを歩いてお薬に使えそうな薬草を探してきます。ペーターさん、チュンフェイさん、留守番をよろしくお願いしますね。」
イザベルも小屋の外に出て行き、家の中にはペーターとチュンフェイが残されました。チュンフェイは心配そうに眠っているヨウフェイを見ています。
「ヨウフェイ…、早く目を覚ますといいな。」
ペーターも心配そうに言います。チュンフェイはため息をつきました。
「『無感の呪い』なんて、シャロンのやつ面倒なことしてくれるよなぁ…。でも大丈夫だよ、イザベルさんはすぐに良くなるって言ってた。イザベルさんが大丈夫って言えば大丈夫さ。まずはチュンフェイも座って休めよ。」
ペーターが言うと、チュンフェイは少し笑顔を見せて木の椅子に座りました。ペーターは一瞬ドキリとしました。
(チュンフェイ…ちょっとキツイ印象があったけど、笑顔をよく見るとかわいいな…)
すると、チュンフェイも黙ってペーターを見ています。
(うう…、何を考えているのかわからない…)
その時、イザベルが扉を開けて中に入ってきました。
「うーん、このお家の周りには薬草は見当たりませんでしたね…。あら?」
部屋の中ではペーターとチュンフェイが見つめあっています。
「…あ、イザベルさん。早かったですね。」
ペーターが声をかけると、イザベルはいたずらっぽく笑って言いました。
「あらあら…。私はお邪魔虫のようですね。それでは失礼します。」
「えっ、ええーっ!?いやいや、待ってくださいよ、イザベルさん!誤解ですって!」
「うふふ、冗談ですよ。」
慌てるペーターを見て、イザベルはとてもおかしそうにしています。
「イザベルさん…、何だか性格が変わりましたか?」
ペーターが弱ったように言うと、イザベルも苦笑いしました。
「何と言っても、同居人があの人ですからね…。多少なりとも変わりますよ。」
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その頃…、
「はくしょん!」
「うおぅ!何だよ、ビアンカ。風邪か?」
ビアンカの横にいたマチルドが大げさに顔をしかめました。
「むー…。何だろう…。」
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一方、アリスとエミリーは大きな鹿を仕留めていました。
「うむ、これだけの大きさであればしばらく食には困らぬであろう。干し肉もたくさん作れそうだ。」
「そうですね、お姉さま。…あうっ。」
エミリーは顔をゆがめました。アリスは心配そうにエミリーに声をかけました。
「どうしたのだ、エミリー?…この前の傷が痛むのか?」
「っ…、大したことはありません。イザベルさんにしっかりと治してもらったわけですから。」
エミリーは笑って言いましたが、アリスはそれで安心できないようです。
「そうか?…うむ、心配でならぬ…。」
「もう、お姉さま。私はもう幼子ではありません。そこまで心配していただかなくても…。」
「うむ…。吾れにも妹離れしなければならぬという意識はあるのだが…、いざとなるとやはり気にかかってしまって仕方がないのだ…。」
「お姉さまったら…。気にしていただけているということは確かに嬉しいのですが…。」
エミリーは少し困ったような笑顔をしています。その時です、二人の近くの茂みがガサリと音をたてました。
「む?獲物がすぐそこにいるようだ。行くぞエミリー!」
「はいっ、お姉さま!」
二人は獲物を追うために再びカトリーヌとアンヌを走らせました。
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一方、オリバーたちはアリスたちの狩人小屋を目指して樹海の中の街道を歩いていました。オリバーはつぶやきました。
「以前はこの道はいつどこで魔獣が出てくるかわからなかったが、前に禁じられた洞窟を封じたことによって魔獣は消滅した、はずだったんだが…。」
「でも、シャロンのせいであたしたちがボロボロになっちゃってるんだよね。」
ビアンカが膨れて言いました。ついさっきもオリバーたちは不意打ちしてきた魔獣を退治したばかりなのです。
「アリスとエミリーは悲しむだろうなぁ…。」
レオンも残念そうな顔をしています。
「とにかく早く二人の狩人小屋に行って合流しないとね。どうもこの樹海にとどまるのは危険な気がしてきたよ。」
パトリックも厳しい顔をしています。オリバーがマチルドにたずねました。
「マチルド、二人の狩人小屋まであとどのくらいか覚えてるか?」
「うーん…、あたいはあの二人みたく何も見ずに森を歩くことはできねぇけどよ…、多分もうちょっとかかると思うぜー?」
「そうか、ありがとう。よし、みんな急ごう。」
オリバーたちは歩みを早めました。
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一方アリスとエミリーは獲物のシカを追い詰めていました。
「よし!とどめをさすのだ、エミリー!」
「はいっ!お姉さま!」
エミリーは言葉を返すと、矢をつがえました。しかし、矢を放とうとした瞬間…、
「あらっ?」
突然シカが大きな叫び声をあげたかと思うと、地面にドサッと倒れこみました。エミリーは怒りました。
「お姉さま!私が撃とうとしておりましたのに…、危険です!狩りの時は意志疎通をしっかりしなければならないと教えてくださったのはお姉さまではありませんか!」
しかし、アリスは怪訝そうにしています。
「吾れは何も知らぬぞ?吾れは何もしていない。見るのだ。矢など刺さっていないではないか。」
エミリーが倒れたシカを見ると、確かに矢は刺さっていません。それどころか、傷跡一つ見当たりません。
「傷もつけずに相手を倒すなんて…、まさか、魔術!」
エミリーがハッとして顔を上げた瞬間、倒れていたシカが突然起き上がり、エミリーの方に向かってきました。
「エミリー!」
アリスは顔を真っ青にしましたが、エミリーは落ち着いていました。
「こざかしい!」
エミリーが放った矢はシカの頭を貫通しました。
「だ、大丈夫かエミリー!」
アリスがエミリーに駆け寄りました。
「…二度同じ轍は踏みません。」
エミリーは得意げに言いました。するとその瞬間、二人の周りの木々が突然燃えだしました。
「…どうやらのんびりもしていられぬようだ。エミリー!狩人小屋まで退くぞ!」
「はいっ、お姉さま!」
二人はカトリーヌとアンヌに飛び乗ると、ものすごい勢いで追ってくる炎から逃げました。
いち早く魔術の気配を察したアリスとエミリーは樹海の危機を悟り、すぐに狩人小屋に引き返すことにしました。シャロンの魔の手はすぐそこに迫ってきているようです。
次話では魔術による炎から逃げながら、アリスたちはオリバーたちと合流します。そしてシャロンも再びオリバーたちの前に姿をあらわします。どうぞお楽しみに!
ちなみに今回魔獣が出現した村からアリスたちの狩人小屋までは普通に歩くと半日ほどかかってしまうような距離があります。村が樹海の東の端の方にあるのに対し、狩人小屋は真ん中からやや西寄りにあるのです。
では次話をお楽しみに!




