~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「17.嵐の予感」
オリバーたちの訓練もいよいよ大詰めです。魔術師も、それ以外も、必死な訓練の成果が出てきたようです。そして、再びシャロンと対峙する時が近づいてきます。
このお話で一章「王国の危機」は終了です。次話からは二章「オットー様の覚悟」に移ります。
オリバーたちは訓練を続け、どんどん力をつけて行きました。ラルフはビアンカからの指導を受け、一通り突剣の使い方を習得しました。
「ふんっ!ふんっ!」
「ほほう、すごいね。これなら魔獣とも互角に渡り合えそうだよ。ビアンカ、君は教え方がとても上手いね。」
軽快な動きを見せるラルフを見て、パトリックは感心したようにビアンカに言いました。
「うん、ありがとう。でもね…、」
ビアンカが呆れたような表情を見せながら言いました。
「…チュンフェイの殺気むき出しの攻撃をヒラヒラかわしながら褒められても、ねぇ…。」
チュンフェイはものすごい勢いでパトリックに斬りかかります。しかし、パトリックはそれを上回る速度で回避をし続けます。
「むー、何だかなぁー、あんなの横でやられ続けたらこっちも自信なくしちゃうねー。」
「パトリックさんが剣で戦うところなんて、前の時はしっかり見たことありませんでしたからね…。すごいなぁ…。」
ラルフも舌を巻いています。
「でもさ、実際ラルフは突剣の使い方をかなりマスターしたと思うよ。もうあたしから教えることは何もないかな。」
「本当ですか?」
「うん。だから、そろそろレオンにサーベルの使い方を習うといいよ。」
「ありがとうございます。でも…、」
「うん…。」
ビアンカとラルフはレオンの方を見ました。
「ペーター!よくそのへっぴり腰で衛兵としてやっていけたな!どっしりと構えろ!」
「う、うわあああああっ!」
「バカ!」
「ギャッ!」
レオンがペーターを棒で殴り倒しました。
「それじゃあやみくもに剣を振りまわしているだけだ!何度言ってもわからないやつだな!」
ペーターがレオンにしごかれている様子を、ハンスは木のそばに寝転んで退屈そうに見ていました。
「ふぁああああっ…。」
「すまんな、ハンス。お前の訓練を始めるにはまだ相当時間がかかりそうだ。またパトリックがチュンフェイと戦い終わるまで待っていてくれ。」
「気にしないでくださいよ、レオンさん。この際だから徹底的にしごき倒してやってください。」
「せ、先輩!ひどいッスよ!ぎゃあああっ!」
「無駄口を叩くな!どうしてハンスにできることがお前にできねぇんだ!」
ビアンカはやれやれとため息をつきました。
「ハァ…。何か、当分レオンは手が空きそうにないね。しょうがないなぁ、今までのおさらいをしておこっか。」
「お願いします。」
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一方、ローズとマチルドは腕を組んでアリスとエミリーの試合の様子を見ていました。
「十回戦ったうち、エミリーが勝ったのは七回、でもアリスが勝った三回のうちに与えたダメージはエミリーが七回勝った分と同じくらいの威力があるな。」
「素早さはエミリーが上…。力はアリスが上…。」
「ハア、ハア、お姉さま、申し訳ございませんが、もう私は限界です…。」
「そうか。よし、マチルド。また吾れの相手を頼む。」
「うへっ!まだやるのかよ!アリスの体力は底なしだな!」
マチルドは大げさに驚きましたが、すぐにアリスとの試合を開始しました。
「…やはりお姉さまには敵いません。」
エミリーが少し元気なさそうにローズに言いました。
「短剣を持った時の攻撃の確実性はエミリーが上…。心配ない…。自信をなくしてはいけない…。」
「本当ですか?ありがとう、ローズさん。」
ヨウフェイはすでに訓練を終え、ヴォルフとリリーと話していました。
「ヨウフェイもラオシーに褒めてもらえるようになったネ!成長した証拠ヨ!」
得意顔のヨウフェイを、リリーが笑ってたしなめました。
「あんまり調子に乗っちゃだめだよ?確かにローズに認められればなかなかのものかもしれないけどさ。」
「はは、それは確かに言えてるかもな。…おー、イテテテ…。」
ヴォルフは笑った後に傷の痛みで顔をしかめました。
「大丈夫かい?傷が痛むのかい?」
「ああ、さすがにな…。オットー様の家臣という肩書きが聞いて呆れるよ。」
「まあ、オットー様もヘルガ女王様もあんたにしっかり静養するようにおっしゃっていただいたんだからさ、その分しっかりと快復してまたオットー様たちの元で働きなよ。」
「痛みを感じないヨウフェイにはよくわからないヨ。それより、あんた確か侍女長ネ?こんなところにいていいネ?」
「大丈夫だよ。私がいなくなってもいいように、侍女や召使たちにはしっかりと仕事を教え込んでいるからね。むしろ、ガミガミうるさいのがいなくなって活き活きとしているんじゃないかな?」
リリーは笑って言いながらも、何か心に引っかかるものがありました。
(ヨウフェイ、痛みを感じないって言ってたけど、それってかなり危ないことなんじゃないのかい?)
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一方、ミニエー家のお屋敷では魔術の訓練が続けられていました。オリバーは初歩の毒の魔術と氷の魔術を覚え、モニカも時々、暴発はするものの、毒の魔術と呪いの魔術を覚えました。しかし、イザベルは氷の魔術はすんなりと覚えることは出来たものの、呪いの魔術に関しては一向に習得できる気配を見せません。
「やはり…、私が呪いの魔術を身につけることは出来ないのでしょうか…。」
「弱音を吐くなんて、イザベルらしくないぞ?『伝説の魔女』はありとあらゆる魔術を使いこなしていたと言うじゃないか。そこに近づくまではもう一頑張りだ。」
オリバーがイザベルを励まします。
「は、はい。ではもう一度やらせてください。」
「ああ、いいよ。」
オリバーは魔獣を召還しました。
「カースアタック!」
しかし、イザベルの指からは相も変わらず消えてしまいそうな細い光しか出ません。イザベルはやがて魔力を使い果たし、床に座り込んでしまいました。
「モニカ!お前が倒せ!」
「はい!グレイブ!」
モニカは一段階レベルの高い魔術を唱えました。彼女はオリバーと同じように、太く強い光を指先から出しました。魔獣は一瞬にして消え去りました。
「大丈夫か、イザベル。」
オリバーがイザベルの元に駆け寄りました。イザベルは疲れた顔をしています。
「今日のところは…申し訳ありません。私は座って見ています。」
「わかった。休んでいてくれ。よし、モニカ。もう一回だ。」
「はい!お願いします!」
イザベルは自分自身のことが無力に思え、歯がゆい気持ちでいっぱいになりました。
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やがて、オレンジ色の光が部屋に差し込んできました。
「さあ、そろそろ帰ろうか。みんなも待っているだろう。モニカ、もうお前はほぼ完全に初歩の呪いの魔術を身につけたと言っても過言じゃないよ。」
「ほ、本当ですか!?」
「あとは確実性さえつけば完璧だ。よく頑張ったな。」
「ありがとうございます!」
心の底から嬉しがるモニカを見て、イザベルは内心、とても悔しがっていました。
(モニカさんはすぐに出来たのに…私には出来ない…。歯がゆい…自分が情けない…憎い…あら?もしかして、これは…?)
「イザベル、そろそろ魔力も戻ってきたな?歩けるか?」
オリバーがイザベルに声をかけました。イザベルは、ハッと立ち上がり、オリバーに頼みました。
「あの、オリバーさん。お願いです。私にもう一度やらせてください。」
イザベルの言葉に、オリバーはいたわるように言いました。
「イザベル…大丈夫か?魔力が回復したばかりなんだろ?無理しないで明日に回してもいいんだぞ?」
しかしイザベルは確固とした表情でオリバーを見ています。
「いえ、今やらせてください。この感情を忘れるわけにはいきません。」
「感情?…まあ、いいや。わかった。じゃあ、行くぞ?」
オリバーは魔獣を召還しました。
「よし、動きを止めた。イザベル、やれ!」
イザベルは大きく息を吸い込みました。そして指をピッと魔獣に向けると、声を限りに叫びました。
「カースアタック!」
イザベルが叫ぶと、指先から真っ黒い閃光が放たれました。直撃を受けた魔獣はあっという間に消滅しました。
「や、やりました…。」
イザベルは嬉しそうにつぶやくと、思わずその場に座り込んでしまいました。
「すごいぞイザベル!完璧だ!今のは完璧だ!」
オリバーは小躍りしながら喜びました。
「どうやったんですか、イザベルさん。」
驚きを隠せないモニカの問いに、イザベルはいたずらっぽい笑顔を見せて言いました。
「そうですね、八当たり、といったところでしょうか?」
「八当たり…?」
「うふふ、何だかとてもいい気分です。初めて魔術を使えた時のようです。」
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その夜、オリバーたちはヴォルフの宿で夕食を食べていました。イザベルとビアンカも一緒です。
「へぇ、イザベルが呪いの魔術を使えるようになったのか。すごいじゃねぇか。」
レオンが感心したように言いました。
「イザベルが誰かを憎むなんてかなり難しそうだけどなー。」
マチルドが冷やかすように言いました。イザベルは笑顔でスープを飲んでいます。
「パトリックもチュンフェイの相手役を買ってやっているようだな。」
オリバーの言葉に、パトリックは笑顔で言いました。
「そうだね。チュンフェイからは何と言うか、戦士のオーラが出ているよ。ビアンカとは正反対な感じだね。」
「あたしは力がないから敵との駆け引きを重要視してるけど、チュンフェイは攻め一辺倒でも十分通用するみたいだしね。」
チュンフェイはパトリックをじっと見ています。完全にライバル視しているようです。
「ハンスとペーターも順調に腕をあげているぜ。」
レオンがオリバーに言いました。オリバーは少し申し訳なさそうにしました。
「何だかペーターが不甲斐ないようでレオンたちには迷惑をかけているようだが…。」
「ハハッ、気にするなよ。だが確かにペーターは仕込みが甘いな。お前もマティアスも、もっと厳しく育てるべきだったよ。」
レオンは楽しそうに笑いながら言いました。ペーターはその横でゲッソリとしています。
「アリスたちもかなり腕をあげているぞ。」
ヴォルフも口をはさんできました。
「そうらしいな。アリスもエミリーも、潜在能力が高いらしいからな。」
「生まれた時から森の中に住んでいたんなら、必然的に動きも素早くなりそうですね。」
ラルフが言いましたが、アリスとエミリーは違うことを考えていたようです。
「いや、どちらかと言うと瞬発力の方が重要かもしれぬな。」
「森の中ではいつどこから獲物や敵が出てくるかわかりませんからね。」
「なるほど…。瞬発力ですか…。」
「瞬発力だけを見れば、アリスとエミリーはあたいやローズよりもずっと上だぜ。気配を殺すのもうまいしな。」
マチルドも感心したように言いました。
「特長を生かす意味では、アリスとエミリーが短剣を学ぶことを選んだのは正しかったようだな。」
オリバーが満足そうに言った瞬間、誰かが入り口から飛び込んできました。
「誰だ!」
ヴォルフがとっさにクロスボウを構えました。中に入って来たのは兵士のようです。
「ヴォルフ・ザックス様!パカロン城のオットー様の元より参りました!」
入って来たのは伝令兵でした。ヴォルフも見覚えがあったようです。
「ご苦労。何があったんだ?」
「ノーザリンに魔獣の群れが現れ、村を襲ったとのことです!」
「何だって!?魔獣が村を…?」
ヴォルフは驚き、オリバーは立ち上がりました。
「よし、俺たちが行こう。みんなかなり力をつけたんだ。その成果を見せてやらないとな。」
「わかった。よし、オットー様にお伝えするんだ。魔獣の討伐にオリバー・ローゼンハインたちが向かった、と。」
「はっ!」
伝令兵は一礼すると宿を飛び出していきました。
「ことは急を要しそうだ。準備ができ次第、出発することにするよ。」
「そうかい…。頑張ってきなよ。」
リリーが心配そうに言いました。
「ありがとう。よし、みんな夕食を食べ終わったら準備をしてくれ!」
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オリバーたちはすぐに準備を終え、いったん薬屋に戻ったイザベルとビアンカを待っていました。雨がぽつぽつと降っています。やがて遠くから歩いてくる人影が見えました。
「あれ?オリバー、人影は三つあるらしいぜ?」
目を凝らしていたマチルドが言いました。
「三つ?イザベルとビアンカと、あと誰だ?」
やがて人影は徐々にはっきりと見えるようになりました。
「ロジェ…。ロジェじゃないか。」
オリバーはロジェを見てびっくりしました。
「何かねー、あたしたちと一緒に行きたいんだってさ。」
「危険だからやめるように何度も言ったんですけどね…。」
ビアンカは口をとがらせながら、イザベルは困ったように笑いながら言いました。
「話は聞きました、ローゼンハイン様。ぜひ僕を冒険に連れて行ってください!」
ロジェの言葉にレオンはしかめっ面をしました。
「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困るな。俺たちはそんなお気楽な冒険の旅に行くんじゃねぇんだ。宝探しに行くんじゃねぇんだぞ?まあ、前回の時はある意味では宝探しだったけれど…。」
「わかっています。僕はリバー王国のために頑張ってくださった皆さんに憧れているんです。大変な旅になることはわかっています。僕はこれでも、槍の扱いには少しだけ自信があります。」
ロジェはそう言うと、ボロボロな槍を差し出しました。パトリックがその槍を見てみました。錆を手で払い落すと、パトリックは目を見張りました。
「これは…ユウ・ヴィルヘルムの槍じゃないか!」
「ええっ!?伝説の武器職人、ユウ・ヴィルヘルムの!?」
パトリックの言葉に、ラルフも驚きました。オリバーも同じようです。
「そんなにすごい槍を持っていたのか…。だが、武器の質がいいからと言って腕もいいとは限らないがな。」
「わかっています。僕はとにかく国の危機を救いたいんです。少しでも力になれたら、と…。」
ロジェの決意に満ちた表情を見て、オリバーは苦笑いしました。
「どうやらダメだと言ってもどこまでもついてくるだろうな。よし、君の心意気に懸けるとしよう。ついてくるんだ。」
「あ、ありがとうございます!ローゼンハイン様!」
「そうそう、仲間になったんだからローゼンハイン様はなしだ。これからはオリバーと呼んでくれ。」
「は、はい!」
「ほらっ、新入りは荷物持ちだ。絶対に物を失くすなよ?」
ペーターが大きな袋をロジェに押しつけました。
「槍は僕が預かっておこう。綺麗に手入れしないと、せっかくの『芸術品』が錆に埋もれてしまう。」
ラルフがロジェから槍を受け取りました。その頃になると、雨はますます強くなっていました。ゴロゴロと雷鳴も聞こえます。
「…さあ、行こう。何だか荒れそうな予感がするな…。」
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人物紹介
~ロジェ・ルグラン~
・「市の青年」
・15歳
・槍で戦う。
・一人称は「僕」
・オーベルクの市で物売りをしている青年、というか少年。一年半前にオーベルクを動死体や合成魔獣から救ったり、リバー王国自体を解放したりしたため、オリバーのことを慕っている。人一倍、正義感が強く、やる気にも満ち溢れているが、逆境には弱く、臆病な面も。彼の持っている槍は貴族や金持ち騎士でなければ持てないような立派なものなのだが…。
オリバーたちの訓練がひと段落ついたところでノーザリンでの魔獣出現情報が入り、彼らはその討伐に向かうことになりました。ロジェもついてくることになったようですが…はたしてどうなるのでしょうか?
次話ではオリバーたちがノーザリン地方の中心都市レバリーに到着します。オリバーたちはそこで一晩あかした後、魔獣が出たという村を目指そうとしますが…どうぞおたのしみに!
ちなみにペーターはロジェに新入りは荷物持ちと言っていましたが、特にそう決まっているわけではありません。実際、基本的に荷物は馬たちに乗せて運んでいます。この時はペーターはハンスとちょっとした賭けをして負けていたので余分な荷物を持つことになってしまっていたのです。
では次話をお楽しみに!




