~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「16.名前の意味」
オリバーたちは訓練から疲れてヴォルフの宿に帰ってきました。しかし、中ではまだ短剣組の訓練が続いているようです。
その日、オリバーたちは訓練を終え、ヴォルフの宿に帰ってきました。夕食をみんなで食べるという約束をしていたので、イザベルとビアンカも一緒です。
「おや?中ではまだやっているみたいだね。」
パトリックが言いました。建物の中からドタバタと大きな音がしています。
「どれ、こっそり覗いてやれ。」
レオンは窓から中をうかがいました。ちょうどマチルドとアリスが試合を終えたところのようです。
「ふう…。今のはどうであった?」
「いいぜー、アリス。体重移動も上手くなったから、動きがより素早くなったな。」
「これでオリバーにも褒めてもらえるかもしれぬ。それに…、まだまだエミリーに負けるわけにはゆかぬからな。」
奥ではエミリーとヨウフェイがローズが見守る中、試合をしていました。二人ともものすごい速さで攻撃したり、回避したりしています。
「エミリーは本当に覚えるのが早かったぜ。」
「ヨウフェイもな。お前たちの教え方がそれだけ上手かったというわけだ。…誰だ!」
突然アリスが叫び、訓練用の短剣を投げました。短剣は一直線に飛んで行き、窓から覗いていたレオンの頭に命中しました。
「ぎゃあああっ!」
レオンはその場に倒れ、悶絶しました。オリバーはやれやれといった表情を浮かべ、宿の中に入って行きました。
「…ただいま。」
「うむ、オリバーか。今しがたそこの窓で何者かが覗いていたようなのだが…。」
「ははは…。」
オリバーは困ったように笑いました。
「うおぅ!?レオンが怪我してるぜ?ははあ、覗いてたのはあいつだな?」
「ふむ、感心せぬな。普通に見ればよいものを、わざわざ盗人のような真似をして覗くとは…。」
マチルドはニヤニヤと笑い、アリスはあからさまに嫌悪感をあらわにしています。レオンは目を潤ませながら抗議します。
「だとしても、確認してからやれよ…。おー痛ぇ…。」
「…エミリーとヨウフェイもかなり戦い方を身につけたようだな。」
オリバーの言葉に、エミリーとチュンフェイも嬉しそうにしました。
「ありがとうございます、オリバーさん。」
「老師の教え方が上手だからヨ。」
オリバーと目が合ったローズは恥ずかしそうに顔を赤らめました。。
「偉いぞ、ローズ。」
オリバーはそう言ってローズの頭を撫でました。
「っ!…先生はいつも子ども扱い…。」
「おっと、すまんすまん。」
ローズはプクッと頬を膨らませましたが、顔は真っ赤になっていました。アリスは少しうらやましそうです。
「へっへーん、ローズ、嬉しいんだ。」
ビアンカがからかいました。
「違う…。」
「でも不満そうにしてる割にはおとなしくしてたよねー?」
「うるさい…。」
ローズは顔を真っ赤にしたまま二階へ駈け上がって行ってしまいました。
「あ、ローズ?…怒っちまったのかな?」
「朴念仁野郎…。」
「ん?何?」
「何でもねぇよ…。」
マチルドは完全にあきれ顔です。そこへヴォルフが顔を出しました。
「よう、オリバー。帰ってきたのか。」
「ああ、ヴォルフ。いい匂いがしているな。」
「いいキノコを仕入れてきたからな。今日の晩飯は期待してくれていいぜ。」
「おお、それは楽しみだな。」
「もう少し時間がかかるから、休んでいろよ。」
「ああ、そうするよ。」
「よし、パトリック!昨日のチェスの続きだ!」
レオンがパトリックに声をかけました。
「あれ、懲りずにまだやるんですか?レオンさん、まだ一度もパトリックさんに勝ててないですよね。」
ペーターがからかうように言いましたが、レオンは不敵に笑って言いました。
「ふっふっ、それがな、昨日ついに一勝を挙げたんだ!」
「えええっ!?」
「まあ、パトリックさんが眠気のあまり動かす駒を間違えただけなんだけどね…。」
エミリーが笑って言いました。
「いや、とはいえ私の油断が生んだ結果だよ。こうではいけないね。いいかい、ペーター。覚えておくんだ。どんなに弱い、吹けば飛ぶような相手でも、油断すれば負けることがあるからね。」
「そうそう!パトリックはいいことを…あれ?」
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オリバーは夕食ができるまでの間、部屋に戻って本を読んでいました。
「ほう…。」
そこへ、扉を開けてハンスが入ってきました。
「失礼します。先生、そろそろ夕食の準備が出来ますよ。」
「ああ、わかった。すぐ行く。」
「あれ?何の本ですか?」
「ああ、ビアンカに借りた本だ。ここにシャロンが真似たと言うヤオミンの記述が書いてある。」
「へえっ、見せてくださいよ。…あれ?何だこれ。何だか見たこともない文字が文章の横に書いてありますね。」
「ああ…。東方世界の文字のようなんだ。横に俺たちの言語の文字が書いてあるから読めるが…。それに興味深い事がわかったんだ。どうやらこの文字、文字そのものが意味を持っているようなんだ。」
「どういうことですか?」
「例えばこの『山』という文字があるだろう?俺たちは山という言葉を『Berg』と表記するが、東方世界ではこの一文字で『山』を表すようだ。ほら、この文字の形、どこか山に似ているだろう?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!いろんな物を一つの文字で表していたんじゃ、文字がいくつあっても足りないじゃないですか!」
「そうだよな…。とにかく、チュンフェイとヨウフェイならこの本をすらすらと読めるのかもしれないな。夕食の後に見せてみるか…。」
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キノコをふんだんに使った夕食に舌鼓を打ったあと、オリバーは本をヨウフェイたちに見せてみました。
「…オマエ、こんなものも満足に読めないネ?これなんか小さな子どもに読み聞かせるような文章ヨ?」
「しょうがないだろう?こんな文字なんか初めて見たんだから。」
ハンスが口をとがらせました。
「それにしても、文字一つ一つが意味を持っているなんて、面白いね。」
モニカが興味深そうに言いました。
「ヨウフェイたちからすれば、オマエらの文字の方が不思議ネ。それっぽっちの文字でよくたくさんの言葉を表せるものネ。」
「この字、形がなんかかっこいいな。どういう意味なんだ?」
レオンが言いましたが、ヨウフェイは笑いを必死でこらえています。
「…それは『変』ネ。」
「うっ…。」
「じゃあよう、ヨウフェイたちの名前もこの文字で書けるのか?」
マチルドがたずねました。
「当然ネ。…これが姉さんの名前、これがヨウフェイの名前ヨ。」
ヨウフェイは紙に文字を書きました。
「うむ…、美しい文字の形だな。」
アリスが感心したように言いました。オリバーも続けます。
「確か…この文字の左側は木を意味するんだったよな?ということは、二人の名前は植物に由来しているのか?」
「そうネ。姉さん(椿妃)は『カメリア・プリンセス』ってところネ。ヨウフェイ(柚妃)の『柚』という植物はこの辺りにはないヨ。まあ、『オレンジ・プリンセス』っていうところネ。」
「あははっ、かわいい名前なんだね。」
「そう思うネ?姉さんもヨウフェイもとっても気に入っているヨ!」
モニカの言葉に、ヨウフェイはとても嬉しそうにしました。
「『カメリア・プリンセス』ね…。似合っている名前だな、チュンフェイ。」
チュンフェイはオリバーに名前を褒められてとても嬉しそうな表情を浮かべました。いつものように慌てて顔をしかめることもしません。
(心を開いてくれているようだな…)
「じゃあ俺たちの名前も書ける?」
ペーターがたずねましたが、ヨウフェイは首を振りました。
「無理ネ。ヨウフェイたちの国の人しかこの字では書けないヨ。」
「そうなんだ…残念だな。」
「もっと二人の国のこと、聞きたいなぁ。ローレンツさんじゃないけど、少し興味が出てきたかも。」
エミリーが目を輝かせています。
「いろんなものが俺たちの発想の斜め上をいってますよね。」
ハンスも興味深そうです。
「そうだ、僕の親方が火薬というものの研究のために東方世界に旅立ったんだけど、火薬って具体的にどういったものなんだい?」
ラルフがヨウフェイに質問しました。
「便利だけど、とっても危ないものネ。簡単に人間をバラバラにできるヨ。」
「まるで魔術みたいだなぁ!」
マチルドが大げさに驚いた顔をつくって見せました。
「爆発を起こすんだよね、確か。」
「そうネ。武器としては強いけど気をつけないと自分も巻き込まれるネ。」
「一歩間違えば大惨事なんですね…。」
みんなヨウフェイの話に興味津々です。しかし、その輪の中にチュンフェイは加われていませんでした。オリバーは少し心配になったのでヨウフェイの周りの輪から抜け出し、チュンフェイに話し掛けました。
「二人の名前にあんな素晴らしい意味が込められているとは思わなかったよ。本当に自分の名前を気に入っているようだな。」
チュンフェイは誇らしそうに胸を張りました。
「ハハハ、得意げだな。それにしても、戦いのときのお前の強さには本当に驚かされたよ。いつもペーターをコテンパンにしているらしいな。俺の育て方が甘い、って最近よくビアンカに言われるよ。」
チュンフェイは威張ったようにオリバーを見ました。
「何だ何だ、馴れた途端に急に態度が大きくなったな。ハハッ、チュンフェイもなかなか面白いやつだな。…話を戻すが、お前のその武術、独学で身につけたような代物ではないと思うんだが…。やっぱり武勇に長けていたというお前たちの兄さんに習ったのか?」
チュンフェイは今までで一番得意げな顔をしました。
「ハハハッ、自慢の兄さんだったんだな。でも本当に素晴らしい男だったんだろうな。こんな華奢な女の子にあんな大きな剣を使いこなせるよう指導したんだからな。俺も会ってみたかったよ。」
チュンフェイはニヤニヤ笑っています。
「おいおい、何だよ。俺じゃ到底お前たちの兄さんには敵わない、とでも言いたそうだな。なかなか言うようになったじゃないか、お前も。」
「それで、兄さんいつも朝早くから姉さんの布団を洗ってたヨ。『チュンフェイはいつも夢見が悪いみたいだ』っていうのが朝の口ぐせだったネ。…いやああああっ!許して姉さん!」
いつの間にかオリバーの目の前から消えていたチュンフェイが、顔を真っ赤にしてヨウフェイを倒し、引っ掻き回していました。オリバーはその様子を見て大笑いしました。
「ハハハッ、二人とも本当に俺たちに馴染んだなぁ。」
「だから言っただろう?時間をかけて接してあげれば、心は自然と開けてくるもんさ。」
リリーも笑って言いました。
「ああ、まったくだ。リリーの言うとおりだったよ。」
ともに過ごす時間が長くなってきたことで、ようやくチュンフェイも心を開いてくれたようです。これが今後も続いてくれるといいのですが…。
次話では最後まで呪いの魔術の習得に苦労していたイザベルがようやく使いこなせるようになります。その方法とは…?そして、ノーザリンに魔獣の群れが出現したという情報が届き、オリバーたちは魔獣討伐の旅に出ることになります。どうぞお楽しみに!
ちなみに感覚がないヨウフェイですが、だからこそ体勢を崩されて倒れたりするとびっくりして余計に混乱します。
では次話をお楽しみに!




