~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「15.訓練の様子」
オリバーたちは来るべきシャロンとの対決に備え、訓練を開始しました。まずはヴォルフの宿で短剣の訓練をするローズやマチルドたちの様子を見てみましょう。
オーベルクに着いた次の日、ヴォルフの宿で、マチルドがアリスとエミリーに短剣での戦い方を教えていました。
「短剣は素早さと瞬発力が命だからな。一瞬の隙を逃さずに素早く相手の懐に飛び込むんだ。そして急所を的確に切り裂く。一番確実なのは首筋だぜ。」
マチルドが威張って大げさに胸を張ります。するとアリスが質問しました。
「心臓を刺すのはどうなのだ?」
「魔獣なんかじゃどこに心臓があるかわからないものもあるしな。人間相手だって、相手が鎧を着ていたんじゃとても短剣じゃ太刀打ちできない。でも首筋は基本的に露出しているだろ?だから確実なのさっ。」
「ふむ、なるほど。」
アリスが感心したように頷きました。
「あたいやローズが使っているような魔術の短剣ならちょっと傷をつけただけでも相手を殺せるけど、扱いが難しいんだ。それに、仮にすぐに使いこなせたとしても、それはただ単に剣の性能がよかっただけだ。そんなんじゃ覚えた意味がない。」
「なるほど…。基本をまずしっかりと、っていうことね。」
「うおぅ!さっすが、エミリーもよくわかってるぜ!」
「ふふっ、ありがとう。」
「二人とも素直に話し聞いてくれて助かるぜ!それに比べて、あいつときたら…。」
マチルドはため息をつきました。ヨウフェイがマチルドに向かってベーッと舌を出しました。ヴォルフが笑っています。
「…ヨウフェイはお前をナメているだけだと思うけどな。見ろよ、ローズには素直だぜ?」
「ちくしょう…、気に食わねぇなぁ…。」
「はは、まあよいではないか。その分吾れらはお前から集中して教わることができるのだ。ヨウフェイのことはローズに任せておればよい。」
アリスに言われてマチルドも元気を取り戻したようです。
「あ、そうか。そう言われてみりゃそうだな。よーし、何だかやる気が出てきたぜ!」
「単純なやつだな、お前は…。」
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一方で、ローズはヨウフェイと対峙していました。リリーがそれを見守っています。
「ふーん、やっぱり武器は実際に戦って使い方を覚えろ、っていうことかぁ。しゃべるのが苦手なローズにとっては一番いい方法だね。」
「ラオシー!ラオシー!質問ヨ!」
ヨウフェイの攻撃を受けとめようと身構えていたローズは怪訝そうにヨウフェイを見ました。
「訓練だから本物を使わないのはわかるヨ。でも、どうして銀匙を使うネ?」
「気にしない…。」
「あははっ、ローズ、まだあの時のスプーン使ってるんだね。本当にオリバーが好きなんだね。」
冷やかすようなリリーの言葉に、ローズは顔を真っ赤にしました。
「じゃあ行くヨ、ラオシー!あいやあああああっ!」
ヨウフェイは大声をあげてローズに向かっていきました。ローズは不機嫌そうな顔をすると、サッと避けました。
「さすがラオシーだヨ。でもヨウフェイもまだまだ行くヨ!あいやああああっ!」
ヨウフェイはまたスプーンを振りかざしてローズに向かってきました。しかしローズは不機嫌そうな表情を崩さないまま避け続けます。こんなことが何度も続きました。
「ラオシー!せめてヨウフェイの攻撃を受け止めてほしいネ!」
ヨウフェイが不服そうに言いましたが、ローズは一言で切り捨てました。
「…今の攻撃に、その価値はない…。」
「おやおや、ローズ。随分と手厳しいことを言うんだね、あんたは。」
「大声を出せば相手に気づかれる…。そうなればいくらすばしっこくても急所を的確に狙うなんて無理…。」
「なるほどネ!よくわかったヨ!」
そう言ってヨウフェイは静かにスプーンを構えると、何も言葉を発せずにローズに向かってきました。今度はローズもその攻撃をしっかりと受け止めました。
「三〇点…。でも悪くない…。」
「やったネ!ラオシーに初めて認められたヨ!」
「すぐ調子に乗る…。いけない…。」
リリーは二人のやり取りをおかしそうに見ていました。
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その頃、パトリックたちは前の日に見つけた森の中に大きく開けたところにいました。パトリックが仲間たちに言いました。
「ここなら十分なスペースがあるからね。剣も槍も同時に出来るね。まずは私は一通り見ているよ。そして手助けが必要だと思った方に入るからね。」
「ああ、それがいいと思うぜ。」
レオンも賛成しました。
「あたしたちのところは大丈夫だからね!じゃ、さっそく始めようか、ラルフ。」
「わっかりました!よろしくお願いします!」
ビアンカの言葉にラルフは元気に返事をしました。
「いきなり剣を振り回すわけにはいかないから、まずは端の方に移動しようか。
…よし、ここでいいね。まずは剣の種類から。剣は大まかに言って二つに分けられるんだよ。一つはあそこでペーターがバカみたいに振り回してるサーベル。あれは相手を切るためのもの。もう一つはこれ。突剣だよ。レイピアとも言うね。もちろん相手を突くためのものだよ。」
ビアンカは自分の剣をラルフに見せました。
「まあ、いっつも手入れしてもらってるからわかるとは思うけどね。ただ、この二つは全然使い方が違うから、まずはどっちかを重点的に教えないとダメだね。どっちを先に覚えたい?」
「ビアンカさんに習う以上、ビアンカさんが専門としている方でお願いします。」
ビアンカはにっこり笑いました。
「そっか。じゃあ突剣からやろうか!」
「わっかりました!」
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少し離れた所で、レオンがハンスに話していました。
「早速手合わせ願いたいところだが、まずはお前の成長度合いから見てみよう。まあ、オリバーから話は聞いているから大丈夫だとは思うがな。…よし、あそこに人形を立てた。あれに向かって突撃してみろ。」
「はいっ。うおおおおおおっ!」
ハンスは槍を構えて人形に突撃しました。レオンが徹夜で作り上げた人形はあっという間にバラバラになりました。
「どうですか?」
「…うん、以前に比べてスピードが格段に上がったな。だが力のかけ方はまだまだ改善する必要がありそうだ。今の攻撃も速さはあったが重みがなかった。まずはしっかりと重心を落とせ。」
「は、はい!」
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そのすぐ横で、ペーターとチュンフェイが剣を構えて向かい合っていました。ペーターは余裕たっぷりでチュンフェイに向かって言いました。
「ようし、来いよ、チュンフェイ。俺を殺す気でかかって来い。」
ペーターが言うと、チュンフェイは猛烈な勢いでペーターに突っ込んできました。ペーターは向かって来る剣を自分の剣で受け止めた、つもりでした。
「うわっ!」
しかし、チュンフェイの一撃は思った以上に重く、ペーターは剣を落とした上に自分自身も吹っ飛んでしまいました。
「へへっ、油断したかな…ぎゃああっ!」
苦笑いしながら立ち上がろうとしたペーターですが、チュンフェイは武器を持たないペーターに攻撃を続けます。訓練用の剣とは言え、防具を何も身につけていないペーターに容赦ない攻撃が続けられます。
「チュンフェイ!やめるんだ!」
慌ててパトリックが駆け寄ってチュンフェイを引き離しました。チュンフェイはそれでもなおペーターに襲い掛かろうとします。
「うへえっ…、こんなにすることないじゃないかよ!」
「何言ってるのさ!殺す気でかかって来いって言ったのはあんたでしょ?自分の言葉には責任持ちなさいよね!」
少し離れたところからビアンカの怒鳴り声が聞こえました。
「…とは言え、確かにチュンフェイもやりすぎだね。あーあ、こんなに大きなあざをつくって…。ペーター、今日訓練するのはもう無理だね。君はビアンカたちがいる辺りにでも座っているんだ。チュンフェイの相手は私がしよう。」
パトリックがペーターに言いました。
「うう…。今回の俺、こんな役回りばっかりだ…。」
「さあ、いいよ、チュンフェイ。でも私に関してもペーターと言うことは同じだよ。殺す気でかかって来るんだ。」
パトリックはそう言って剣をまっすぐに構えました。チュンフェイもすぐに攻撃はせず、攻撃の機をうかがっています。ビアンカとラルフも思わず見入ってしまいました。
「何だか…すごいなぁ。二人の後ろにオーラみたいなものが見える気がしますね。」
「パトリックもチュンフェイも、本物だからね。まったく、師匠の弟子に対する教育は甘いなぁ…。ま、ハンスはある程度しっかりやってるみたいだけどね。ペーターはよくサボってたって言うし。」
「そ、そりゃあ、そうだけど…。でも、」
「口答えしない!ほら、二人の試合が始まるよ。」
先に動いたのはチュンフェイでした。チュンフェイは大きく息を吸い込むと、パトリックに向かってペーターの時と同じように突進しました。しかし、ペーターとは違い、パトリックはその重い一撃をしっかりと受け止めました。そして二人はサッと間合いを取ると、同時にぶつかっていきました。二人のあまりの剣さばきの速さに、残像が見えるようです。
槍の訓練をしていたレオンとハンスも思わず手を止めて二人の試合を見ていました。
「す、すげぇ…。」
「パトリックももちろんすごいが、鉄血の騎士と呼ばれた男と互角に渡り合えるチュンフェイもすごい。とは言え…、」
やがてパトリックがチュンフェイの剣を跳ね飛ばしました。
「…やはり経験の差だな。まだパトリックが上だ。」
パトリックはチュンフェイの剣を拾って返しました。
「…いい試合だったよ、チュンフェイ。ただ一つだけ指摘をさせてもらうと、君の攻撃はある一定のリズムを刻んでいるようだね。動きが規則的過ぎると相手に見極められる可能性もあるよ。たまには規則性を変えてみるのもいいかもしれないね。よし、もう少し休憩したらまたやろうじゃないか。」
パトリックはそう言ってレオンたちの近くにあった切り株に腰掛けました。レオンが苦笑いしてパトリックに言いました。
「まったく勘弁してくれよ、パトリック。あんなの横で見せられたら俺たち自信をなくしちまうぜ。」
「大げさだなぁ。少なくとも教え方は、訓練場で教えていた君の方がうまいさ。」
レオンと談笑するパトリックを、チュンフェイはじっと見ていました。
「おっ?対抗意識でも燃やしてるのかな?」
ビアンカが面白そうにチュンフェイを見て言いました。
「すごい試合でしたね…。」
ラルフがため息まじりに言いました。
「まあねー。初めの相手が情けなかったから余計そう見えたのかもしれないけど。」
「ブッ!ちょ、ちょっとビアンカ!そんな言い方って!」
ペーターが反論しようとしましたが、ビアンカはサッとラルフの方に向き直りました。
「よーし、ラルフ。続きを始めよっか!」
「わっかりました!」
「とほほ…。」
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一方、ミニエー家のお屋敷では三人の魔術師たちが魔術の訓練をしていました。ロジェも見にきています。
「話し合った結果、まずは呪いの魔術からやるのがいいということになったが…。呪いの魔術に必要なもの、それは憎しみの気持ちだ。それさえあれば、魔力を持っているものなら訓練しだいで誰でも使いこなせるようになる。」
「憎しみ、ですか?」
「そうだ。魔術をかける相手に対する憎しみ、これが呪いの魔術の素になる。例えば人間を襲っている魔獣を見ると憎しみがわくだろう?村で略奪している兵士を見ると憎しみがにじみ出てくるだろう?そういうことだ。」
「なるほど…。」
「オリバーさんが魔術を使う時、急に冷酷な目になるのはそういうことだったんですね。」
モニカに言われ、オリバーはびっくりしたように言いました。
「俺、そんな目をしてるのか…。まあとにかく、その感情を上手くコントロールできるようになると、今度は尋問魔術なんかも使えるようになってくるし、逆に俺が初めにマチルドにかけたような動きを止める魔術をかけることもできる。あれは相手に対する憎しみがなくてもできるものだからな。」
「ああ、それでマチルドさんが…。最近ではローズさんはその魔術を濫用していますけどね…。」
モニカの言葉にオリバーは苦笑いしました。
「あれは俺も不思議でならないよ…。呪いの基本魔術だってほとんど覚えていないのに、あれだけはやけに上手く使える。…まああいつの場合、魔術に変換するだけの大きな憎しみを心に抱いているわけだからな…。そういう意味ではうまく使えているのかもしれないな。
とにかく実践だ。よし、まず俺が下級の魔獣を召還する。そいつは動かないようにするから、呪いの魔術で倒してみてくれ。」
「いきなり高度なことをするんですね…。」
イザベルが少し不安そうに言いました。
「まあ、まずは様子見、ってやつだ。初めから上手くいくなんて思っていないよ。それじゃあ俺が手本を見せる。あ、ちなみに今から使う魔術は古代語を使った古いものだ。これはできなくてもいい。」
オリバーはそう言って魔術を唱えました。
「ahihenxhe!」
すると、オリバーたちの前にいつも森で見かける狼のような魔獣が現れました。
「うわああっ!」
初めて間近で魔獣を見たロジェは腰を抜かしました。
「フィクセイション!」
オリバーは落ち着いて魔獣の動きを止めました。
「俺がこうやって動きを止めるから、安心するんだ。…カースアタック!」
オリバーが叫ぶと、魔獣はスッと消えました。
「…よし、じゃあイザベルからやってみろ。」
「えっ?あ、はいっ。」
イザベルは緊張した面持ちで前に出ました。
「いいな、行くぞ?ahihenxhe!」
さっきと同じように、魔獣が姿を現しました。オリバーは魔獣の動きを止めました。
「よし、やれ!」
「カースアタック!」
イザベルは叫びました。しかし、イザベルの指先からはオリバーのような真っ黒い光は出ません。ほとんど消えそうな、薄い光です。
「カースアタック!」
イザベルは何度も叫びました。しかし、どんどん体力が削られ、ついに床に座り込んでしまいました。
「カースアタック!…大丈夫か、イザベル。」
オリバーは召還した魔獣を消した後でイザベルに声をかけました。
「どうもうまくいきません…。」
「イザベルは気持ちが優しいからな。憎め、といきなり言っても酷な話かもしれない。でも感触はつかめただろ?わずかながらも黒い光は出ていたんだから。…よし、次、モニカ行くか!」
「あ、はいっ!」
オリバーはまた魔獣を召還しました。
「フィクセイション!行け、モニカ!」
しかしモニカは身じろぎもしません。目を閉じ、うつむいて何かブツブツと言っています。
「どうしたんだ、モニカ。」
オリバーが声をかけますが、モニカはまだ目を閉じたままです。オリバーは心配になってモニカの肩に手を伸ばしました。その瞬間、モニカがカッと目を見開いて叫びました。
「カースアタック!」
すると、真っ黒い光の束がモニカの指先から放たれました。普段のオリバーのものよりずっと強烈です。光が消えた後に魔獣はいませんでした。が、あまりに魔術が強力すぎたのか、魔獣がいたところの床が大きくえぐれています。やはりモニカも体力を奪われ、床にへたり込んでしまいました。
「…な、何をしたんだ、モニカ。」
「あ、あの、とにかく憎しみが大事だと言われたので…、あの魔獣がパトリックさんを襲って大怪我させたところを想像したんです。そうしたらどんどん魔獣に対する憎しみが強くなって…。」
「…お前の想像の中で、パトリックが殺されていなくてよかったな。そうしたらこの屋敷ごと俺たちも消え去っていたかもしれない。ただでさえ持っている魔力が強大なのに、更に強力な憎しみを作り上げてそれを全解放したんだ、あんな威力にはなるよな…。」
オリバーは苦笑いしました。
「でも、考え方としてはモニカのとった行動は間違っていない。憎しみを想像で作り出す、という行動はな。だけど、今のは時間がかかりすぎだ。魔獣の動きを止めていたからいいものの、これが本当だったらもうお前は骨まで食い尽くされているころだ。」
「すみません…。」
「謝ることじゃない。初めにしては上出来なんてもんじゃないよ。そう思わないか、ロジェ。…ロジェ?」
ロジェは泡を吹いて気絶していました。きっと目の前で繰り広げられた光景があまりにも凄まじかったからでしょう。
「はは、強烈過ぎたかな?イザベル、回復術をかけてやってくれ。」
「ええ、わかりました…。」
イザベルはなぜか、何とも言えないような複雑な表情を浮かべて立ち上がり、ロジェに回復術をかけました。
オリバーたちはそれぞれ訓練を開始しました。各自ある程度の問題があるとはいえ、訓練は順調に進みそうです。
次話では訓練を続けるオリバーたちが宿に帰ってきてからの様子が描かれます。また、チュンフェイとヨウフェイについてももっとよく知ることが出来そうです。どうぞお楽しみに!
ちなみにペーターは衛兵時代も訓練中によく油断してしまい、そのたびにマティアスに叱責されていました。それでもなおらないということは…持って生まれたものなのかもしれませんね。
では次話をお楽しみに!




