~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「11.神殿の騒動」
はぐれ動死体の駆除のためにナンジューマ地方への旅を続けていたオリバーたちはようやく神殿都市ダナラスフォルスに到着しました。オリバーたちはいったん近くの森の中に身をひそめることにしました。
オリバー一行はナンジューマ地方の中心都市、ダナラスフォルスに到着しました。丘の上の神殿を中心に発展した街でしたが、街は完全に破壊されています。ハンスが悲しげに言いました。
「まるでシーガルンのハングリアみたいだ…。」
「そうか…、ハングリアもこんな感じになっちまってるのか…。」
ハンスの言葉にレオンも悲しそうな表情をしました。
「でもよう、動死体の姿はどこにも見えないぜ?それどころか人っ子一人見えないなぁ。」
マチルドの言葉に、オリバーも頷きました。
「ああ…、静か過ぎる。何だか嫌な予感がするな。それに…街がこれほどまでに破壊されているのに、あの神殿だけがまったく無傷なのも不思議だ。」
オリバーは丘の上の神殿を見て言いました。
「…以前、吾れらが王国兵と戦ったところだな。」
アリスが少し不安げに神殿を見上げて言いました。
「ああ。まずはあそこに行ってみようか。」
「じゃあ、あたいらがいつもみたいに探ってきてやるよ。ハンス、行こうぜー。」
「あ、うん。」
「ヨウフェイも行くネ!」
「よし、わかった。三人とも気をつけろよ。よし、俺たちは森の中に身を隠すとしよう。」
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三人が偵察に行っている間、オリバーたちは森の中で待機していました。ラルフがみんなの武器の手入れをしています。
「ビアンカさん、終わりましたよ。」
「おっ、ありがとー。」
「えっと、これは、チュンフェイちゃんのか。うおっ!?重い!チュンフェイちゃん、こんな重いものを持って戦ってるの?」
思わずチュンフェイの大きな剣を取り落としてしまったラルフを見て、レオンが笑いながら言いました。
「びっくりするよなぁ。俺だって初めて見た時は驚いたぜ。」
「すごいなぁ。尊敬しちゃうよ。」
ラルフがあまりに褒めるのでチュンフェイは照れくさそうにしていました。が、みんなからの視線に慌ててしかめっ面をしました。
「照れてる…。」
ローズがつぶやきました。すると、ビアンカがニヤニヤしながら言いました。
「なんだかさ、チュンフェイを見てると昔のローズを思い出すなぁ。師匠以外には全然素直じゃなかったもんね。特にあたしには。」
「うるさい…。」
ローズは顔を真っ赤にするとスプーンを振りかざしてビアンカに飛び掛りました。ビアンカはそれをヒラリとかわしました。
「あんたもまだまだだね。ちょっと頭に血が上ると攻撃がワンパターンになるんだから。…それにしても、まだそのスプーンを使っているとはね。微笑ましいですねぇー。」
「うるさい…。」
ローズは逃げるビアンカを追いかけます。ビアンカはアリスの後ろに隠れました。アリスは少しだけ顔をしかめて言いました。
「まったく、今から体力を使ってどうするのだ、お前たち。」
「あははっ、ごめんごめん。だってからかわれた時のローズがあまりにも可愛くってさ。」
「ふむ、それはわかる気がするな…。…ところでオリバー、エドゥアルトに餌を与えておいたぞ。」
「おお、ありがとう。助かるよ。」
「礼には及ばぬ。吾れもお前に喜ばれると嬉しい。」
アリスが嬉しそうにすると、ローズは少しだけ頬を膨らませました。それを見て苦笑いしながらエミリーがオリバーに言いました。
「やっぱりエドゥアルトは素直でしたよ。ただわたくしたちとは遊びたいだけなのですね。」
「じゃあ、グスタフにも餌をやってくれた?」
ペーターがエミリーにたずねましたが、エミリーはハッとしたように言いました。
「あ…、忘れてた…。今、餌をあげるよ、グスタフ。」
「グスタフ…。」
やっぱりグスタフは寂しそうな顔をしていました。
「あ、そうだ、イザベル。…イザベル?」
オリバーはイザベルに声をかけました。
「…え、あ、はい、何ですか、オリバーさん。」
「いや、大したことじゃないんだ。もしあの神殿で戦いが起こったら、いつものようにエミリーにアンヌに乗せてもらって戦ってくれ、ということを伝えたかったんだ。
…それより、何か思いつめているようだな。」
イザベルは真剣な表情でオリバーに言いました。
「ええ、少し考えたのですが…。私はちょっと魔術が使えるだけでいい気になって、ローズさんやモニカさんに偉そうに魔術を教えていました。」
「おいおい、そんなに自分を見下げることはないよ。」
「そうですよ。イザベルさんは立派な魔術師です。」
オリバーとモニカの言葉にもイザベルは首を横に振りました。
「いえ、少なくとも私が目標にしている曾祖母には到底、及びません。」
「曾祖母…伝説の魔女、イザベル・ローランか…。」
「ええ。ですから私は、オリバーさんに魔術を教えてもらいたいのです。いえ、オリバーさんだけではない、モニカさんにもです。」
「え、ええっ?でも、私はそんな、教えられるような技術は持っていませんし、そんな、」
モニカはあたふたしていますが、オリバーはイザベルの言いたいことを理解したようです。
「…違う、モニカ。つまり、こういうことだな?イザベルが俺やモニカから魔術を習う、同時に俺も二人から魔術を習う、そういうことだな?」
「なるほど、呪いの魔術はオリバーしか使えないし、氷の魔術はモニカしか使えない。毒はイザベルの専門だしな。」
レオンが横から口を出してきました。
「ええ、そういうことになります。この前のことで、私はつくづく自分自身の無力さを知りました。ですから、自分に与えられたチャンスは最大限に活かそう、と…。」
「お互いの能力を高めあうということだな。うん、俺は賛成だ。モニカもいいか?」
「ええ、もちろんです。私もいろいろな魔術を身につけたいですから。」
すると、横で話を聞いていたビアンカがレオンに言いました。
「じゃあさ、師匠たちみたいに魔術を使わない人同士でもやらない?お互いに教えあったり、試合をしたりするんだよ。それを見て的確な意見を出すのはレオンが得意でしょ?」
「うん、悪くねぇ考えだな。」
レオンは頷きました。すると、エミリーも言いました。
「私は…短剣の使い方を覚えたいです。万が一アンヌと行動できなかったり、この前の時のように弓矢がつかえなかったりした時にはわたくしは無力ですから。」
「うむ…そうだ。ローズはヨウフェイに短剣の使い方を教えるのだろう?もし手が空くようならば吾れらにも伝授してはくれぬか?」
ローズはピクッと体をこわばらせました。そして少し困った表情でオリバーを見ました。オリバーは少し考え込みましたが、やがて口を開きました。
「イザベルの特訓でお前は最低限の魔術は身につけてくれた。この上、更にレベルの高い呪いや氷、毒の魔術を覚えるのはかなりの負担になる。…そうだな、ローズ。魔術の特訓は一旦休みにしよう。その代わりにヨウフェイ以外にも希望者に短剣の使い方を教えてやってくれないか?」
ローズはコクンと頷きました。
「でも、呪いの魔術は続け…、」
「ん?何?」
「何でもない…。」
「僕も何か武器を習おうかな?」
今度はラルフが言い出しました。レオンが怪訝そうな顔で言いました。
「でもお前は戦闘中でも武器の手入れや荷物の確保といった仕事があるだろ?」
「いえ、最低限の護身としてですよ。今までは僕には護衛がついていましたが、僕自身が武器を扱えるようになったらその分多くの人を敵との戦いに回せるわけですよ。」
「うん、そうなるとこちらも助かるかな。いいと思うぞ。」
オリバーも賛成しました。
「でも、僕は素早さがないから短剣は扱えないかなぁ…。」
「見たところ重たい槍を振り回せるような体格でもないしね。と、なるとやっぱり剣だね…。」
パトリックが言うと、ペーターが張り切って声を大きくしました。
「ようし!じゃあ俺が教えて、うぐっ!?」
しかし、そんなペーターの口を塞ぎ、ビアンカが名乗りを上げました。
「じゃああたしと一緒に訓練しようか、ラルフ。」
「よろしくお願いします、ビアンカさん。」
ラルフが頭を下げました。
「え、ええっ!?」
「それだけ信用度が違う、って証拠だね。」
ビアンカが得意げに言いました。
「そんな…。」
ペーターはガックリと肩を落としました。イザベルはそれを笑いながら見ていましたが、何かを見つけて言いました。
「あ、偵察に行っていたみなさんが帰ってきたようですよ。」
ハンスたち三人が偵察から帰ってきました。
「どうだった、三人とも。」
オリバーが問いかけましたが、ハンスが狐につままれたような顔をして言いました。
「それが…おかしいんです。神殿内には王国兵の小隊がいました。それも、リバー王国ではなく、シーガルン王国の。」
ハンスの言葉にレオンはびっくりしました。
「な、何だって?だがシーガルンの王国軍は動死体軍団の前に全滅したはず…。見間違いじゃねぇのか?」
「いや、間違いない。あの紋章はシーガルン王国軍のものだったね。あたいらが何度も峠で襲っていたから間違いないぜ。」
マチルドも不思議そうな表情をしています。
「バカが山賊出身だったなんて知らなかったネ。」
「だから!お前はバカ、バカって!」
ヨウフェイがちゃちゃを入れるとマチルドが顔を真っ赤にしましたが、周りの空気を察知してすぐに静かになりました。レオンは目を閉じて考え込んでいます。
「だがセザール陛下もパカロンに亡命されているのに、ここに、こんなところにいるなんて不自然だ。」
「そう思って接触せずに戻ってきたんです。どう思います、先生?」
「うん、お前たちはいい判断をしたな。ここは全員で行くとしよう。本当のシーガルン兵かどうかはレオンが確認してくれ。」
「ああ、わかった。」
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オリバーたちはレオンを先頭にして丘の上の神殿を目指しました。入り口の重厚な門は開きっぱなしになっています。
「…行こう、レオン。」
「ああ。」
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中に入ると、オリバーたちは呼び止められました。
「止まれ!何者だ!」
オリバーが答える前に、レオンが声を張りました。
「パカロン城から来た!俺はハングリアの市民兵訓練場師範、レオン・ブーランジェだ!」
「レオン先生!?お久しぶりです!」
「お前はヨハン!」
レオンはびっくりしたような表情で言いました。
「知っているのか?」
「ああ、俺の訓練場の生徒だ。優秀だったから正規軍に推薦してやった…。無事だったのか?」
「たまたま国境の警備に出ていたので、辛うじてこうしてここに来ることが出来ました。」
「そうか、よかったな!」
レオンは心から嬉しそうにしました。
「あの方がいなければ我々はシーガルンを脱出することはできなかったでしょう…。」
「あの方…?誰だ?」
レオンが不思議そうな表情をした瞬間、シーガルン兵はニヤリと笑いました。
「さあ、誰でもいいじゃないですか。…それよりもね、その方が我々にこう言ったんです。
『ナンジューマの神殿に行け。そこに魔術師の一団が来るはずだ。…お前たちはその者たちを殺せ』と!」
「レオン!危ない!」
突然レオンと話していた兵士が剣を振りかざしました。それを合図に、オリバーたちの周りを兵士たちが取り囲みました。
「くそっ、罠か!許せねぇ!」
レオンは斧槍を構えました。そして兵士たちに突進していきました。
「みんな、レオンに続け!この兵隊たちは洗脳されている!」
オリバーは仲間たちに指示を出すと、叫びました。
「カースアタック!」
オリバーの指先からでた黒い光はそこにいた兵士に当たりました。兵士は声もなく倒れました。
(瞬殺…?人間相手なら普通少しは苦しむはずだが…)
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ローズもいつもとは違う事態に気づきました。いつも使っているオリバーの魔力が込められた呪いの短剣の威力はものすごいものですが、今日はいつも以上にその効果が現れるのです。
「何か…変…。」
「ローズ、何やってるんだよ!早くこっちも手伝ってくれよ!」
マチルドの声を聞いてローズは急いでそちらへ走っていきました。
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一方でイザベルは別の違和感を抱いていました。エミリーがイザベルにたずねました。
「どうしたのですか、イザベルさん。」
「兵士によって…特性が違うようなんです。」
「どういうことですか?」
「毒の魔術が異常なまでに効く者もあれば、まったく効かない者もある。炎の魔術も一緒です。」
「そうなのですか?私にはよくわからないのですが…。」
「矢の場合は体に刺さるので一緒なのかもしれませんね。」
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やがて兵士たちは全滅しました。レオンが複雑な心境をオリバーに語りました。
「いくら洗脳されて武器を向けてくるとは言え、自分が手塩にかけて育てたやつらを殺すというのはやりきれねぇな…。」
「…運が悪かったとしか言えないのかな、あんたも彼らも。」
オリバーがいたわるようにレオンの肩を叩いた時、突然大声が聞こえました。
「お、おい!お前ら、一体何をしたんだ!」
声のした方を振り返ると、神殿の門のところにヴォルフがいました。数百人の王国兵を率いているようです。
「これは…友好国であるシーガルン王国の正規兵じゃないか!お前ら、まさか…、」
ヴォルフの後ろの兵士たちもざわついています。オリバーは声を張り上げました。
「聞け!後ろの兵士たちもだ!…この兵士たちは洗脳されていたんだ。それで俺たちを襲ってきたんだ。」
「そんな理由なんていくらでも後付けできる。」
ヴォルフは厳しい表情のままです。オリバーは不審そうにヴォルフを見てたずねました。
「それより、ヴォルフはどうしてここに来たんだ?あんた自身のダナラスフォルスの調査はもうとっくに終わったはずだろう?」
「ナンジューマに残っている動死体の討伐だ。パカロン城から許可も下りている。」
そう言ってヴォルフは何かが書かれている紙を高くかざしました。
「何だって!?俺たちだけじゃ不足だって言うんですか!?」
ペーターが思わず声をあげました。
「あるいはそういうことかもしれないな。とにかくここの動死体の討伐は俺たちの仕事だ。お前たちの用事はここにはない。」
「何だとっ!?俺は、俺は!手塩にかけた弟子が!」
ヴォルフの言葉にレオンは顔を真っ赤にしました。
「レオン!待て!」
オリバーが引き止めましたが、レオンは我慢ならないようです。
「これが待てるか!あいつの言ってやがることはメチャクチャだ!お前も想像してみろよ!ハンスやペーターが洗脳されてお前に武器をふるってくるんだぞ!?それをやつは、」
「レオン!」
オリバーの真剣な目に、レオンは口をつぐまずにはいられなくなりました。
「…どういう情勢の変化かはわからないが、俺たちはもうここに用はないようだ。幸いにも兵士の数も多いようだ。動死体討伐は今のところヴォルフに任せて大丈夫だろう。…みんな、行こう。」
「待ってくださいオリバーさん!あなたも屈辱を感じていないわけはないでしょう!それでいて尻尾を巻いてどこへ行くというのですか!?」
エミリーが怒りをあらわにしてオリバーに問いかけました。しかし、それを聞いて振り向いたオリバーの顔色もまた真っ赤でした。
「…パカロン城だ!ヘルガ女王様に直接お話を伺いに行く!それでいいだろう!」
オリバーはそう言い放つとクルッと向きを変え、門から外へ出て行きました。ローズがポツリと言いました。
「一番怒っているのは…先生…。」
「そのようだね。エドゥアルトも連れて行くのを忘れているね。ローズ、曳いていってあげるんだ。」
パトリックの言葉にローズはコクンと頷きました。そしてエドゥアルトを曳いて門から出て行きました。他の仲間たちもそれに続いて出て行きました。
神殿で洗脳されたシーガルン王国兵の攻撃を受けたオリバーたちですが、それ以上に彼らに衝撃を与えたのはヴォルフの登場とその発言でした。オリバーは激怒しながらも一度パカロンへ戻ることを決めます。
次話ではオリバーたちがパカロンに到着し、女王様たちと謁見します。しかし女王様もオットー様も、ヴォルフが兵を率いて出発したことなど知りませんでした。はたして事の真相とは…?どうぞお楽しみに!
ちなみにレオンは自分の訓練場で特に優秀な生徒は正規軍に推薦していました。今回レオンに襲いかかってきたヨハンは、レオンが三番目に正規軍に推薦した生徒で、正規軍の中でもめまぐるしく才能を発揮し、一年あまりで分隊長に出世するほどの実力の持ち主でした。そのためレオンが受けた衝撃はとても大きかったのです。
では次話をお楽しみに!




