~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「10.人喰い動死体」
突然の動死体によるオーベルク急襲を何とか切り抜けたオリバーたちは、翌日ナンジューマ地方への旅を開始しました。ナンジューマには凶暴なはぐれ動死体たちが残されています。
曇空の下、オリバー一行はリバー王国南部のナンジューマ地方を中心都市のダナラスフォルスに向けて歩いていました。パトリックやレオンたちもすっかり元気を取り戻しています。
「エミリーも大丈夫か?」
オリバーはエミリーにたずねました。エミリーは笑って言いました。
「ええ、心配には及びません。とても気分がいいですよ。」
「なら安心だ。」
「ところでオリバー…。なぜエドゥアルトに乗らぬのだ?」
アリスが怪訝そうにオリバーに言いました。オリバーはエドゥアルトを曳いて歩いているのです。
「いや、今回はペーターのグスタフも含めて馬がたくさん増えただろ?本当はみんな馬に乗せていきたいところだけど、余る仲間も出てくるからさ。そいつらに申し訳ないからとりあえず俺は本当に必要なとき以外は乗らないようにしよう、って思ったんだ。あ、別にアリスたちは前から乗っていたから気にしなくても大丈夫だぞ?」
「まったく、もったいない話だよ。だいたいエドゥアルトは君とローズ以外には全然なつかないじゃないか。」
パトリックは苦笑いしています。
「はは、いったいどういうわけなんだろうな。」
パトリックやアリスたちはオリバーに頼んでエドゥアルトに乗せてもらったのですが、オリバーとローズ以外の仲間が乗るとエドゥアルトは暴れ出すのです。一番動物の扱いに慣れているはずのエミリーでさえ苦戦していました。ペーターに至っては振り落とされた挙句、踏みつけられそうになりました。
「なついていないわけではないと思うのです。実際、私たちが背中に乗るまではおとなしく乗せてくれます。」
「うむ…。このようなことを言うのは悪いが、オリバーはまだ馬の扱いに慣れているわけではない。だからエドゥアルトは気を遣っているのかもしれぬな。」
「なるほど。逆に馬の扱いに慣れている私たちとはむしろじゃれているようなつもりでいるのかもしれないね。」
パトリックたちは納得したようですが、ペーターは不満顔です。
「だとしても、俺にあそこまでする必要はないんじゃ…。」
「…貴様はただ単になめられているだけかもしれぬ。」
アリスの言葉に、ペーターはショックを受けたようです。
「そ、そんなぁ…。」
「とにかく、アンヌたちとも仲良くやっているようです。」
「そうか、それなら安心だ。」
エミリーの言葉にオリバーはホッとしたようですが、アリスが小さな声で付け足しました。
「…ペーターのグスタフは馬たちの中でも少々小バカにされているようだがな。」
「ええーっ!?そうなのか、グスタフ?」
背中の主人からの問いかけにグスタフは何も言いませんでしたが、その表情はどこか寂しげでした。ローズがそれを見てつぶやきました。
「…主人にそっくり…。」
「うっ、うるさい!なんだよ、だいたいローズはさぁ!…!」
ローズのそばで喚き散らすペーターを見て笑いながら、ビアンカがイザベルに言いました。
「それにしても、遅いねー。」
「何がですか?」
「マチルドとハンスだよ。この先にある村の偵察に行ってもう結構時間が経つよ?」
「そう言われてみれば…確かにそうですね。」
「あの二人に限って、大丈夫だとは思うけど…。どう思う、師匠。」
ビアンカに問いかけられ、オリバーは少し心配そうな顔をしました。
「何とも言えないな…。実際、この辺りにはまだはぐれ動死体がかなりいる可能性が高い。もしかしたらそいつらと遭遇した可能性もあるな…。」
「ええっ?だとしたら、ハンスは動死体には不利な槍だし、マチルドもイザベルに魔術をかけてもらってないからこてでも戦えない。マズい状況だね…。」
「心配ないヨ。バカが帰ってきたネ。」
先頭を歩いていたヨウフェイが指差した方を見ると、マチルドがこちらへ走ってくるのが見えました。ハンスの姿は見えません。
「マチルド!どうしたんだ!」
マチルドは息を切らしながら言いました。
「はあ、はあ…。この先の村が動死体に襲われてる。」
「嫌な予感ほど的中しちまうもんだな…。」
「ハンスが村の側の森に潜伏してる。あたいがお前らを呼びにきた、ってわけ。」
「わかった、ご苦労さん。みんな、急ぐぞ!」
オリバーたちは歩みを速めました。
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ハンスが息を殺して村の様子を窺っていました。オリバーが後ろから声をかけました。
「ハンス、村の様子はどうだ?」
「あ、先生。…おぞましい光景です。動死体たちは手持ちの武器で村人を殺した後、その死体をむさぼり喰らっています。」
「何だって?死体を喰う動死体なんて聞いたことないぞ?」
オリバーはびっくりしましたが、ヨウフェイは違うようです。
「ヨウフェイたちの国の動く死体は死人を食べてたヨ。」
「つまり、あの動死体たちを操ってるのはやっぱりシャロンだっていう可能性がより高くなったね。」
ビアンカが顔をしかめて言いました。
「なぜそうさせるのかはわからないが…まずは目の前の動死体たちを倒すことが先決だ。ハンス、動死体の数は?」
「二十体前後といったところでしょうか?」
「大した数ではないな。ようし、わかった、とっとと片づけてしまおう。イザベル、ローズとマチルドにいつもの魔術をかけてやってくれ。ラルフとヨウフェイはここで待機だ。あの手の動死体相手は危険すぎるからな。」
「しょうがないネ。またよろしくヨ。」
ヨウフェイは残念そうな顔をした後ラルフに声をかけました。
「じゃあまた僕の手伝いを頼むよ。」
「それと、エドゥアルトとグスタフも預かっていてくれ。…いつものようにパトリック、アリス、エミリーはそれぞれ馬で突撃だ。モニカはパトリックと一緒に行動する。他はいつものようにそれぞれの武器で戦う。いいな?」
仲間たちは一斉に頷きました。
「よし、私が先陣をきろう。」
パトリックはそう言うと、すぐさまフランソワを走らせて村の中に突撃しました。
「ファイアーストーム!」
モニカが叫ぶと、火柱が立ち上りました。それを見てアリスとエミリーも気持ちを高ぶらせたようです。
「吾れらも負けてはおれぬ!行くぞ、エミリー!」
「はいっ、お姉さま!」
アリスとエミリーも炎の矢を番え、村へ突入していきました。
「俺たちも遅れるわけにはいかねぇな!行くぞ!」
レオンとチュンフェイを先頭に、他の仲間たちも村へと走っていきました。
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ところが、異変はすぐに起きました。フランソワの上でモニカが叫んでいます。
「イザベルさん!炎の魔術が効きません!」
「何を言っているんですか。集中力が足りないのでしょう!ファイアーストーム!」
イザベルは動死体に向けて炎の魔術を唱えました。しかし、いつもは効果てき面なはずの炎の魔術がまったく効いていないのです。
「そ、そんな!」
イザベルは顔を真っ青にしています。
「だから言ったじゃないですか!私を信用してくださいよ!」
「吾れらの炎の矢も効かぬ!」
「いったいどうして!?」
アリスとエミリーも戸惑っています。オリバーがすぐさま指示をだしました。
「混乱するな!イザベル!アリス!エミリー!安全な場所まで退却しろ!この数なら俺たちだけでも足りる!」
「しかし、オリバーさん、」
その時、ハンスが叫びました。
「イザベルさん!危ない!」
動死体が投げた槍がイザベルの方に飛んできました。イザベルは放心状態で動くことが出来ません。
「エクスクルージョン!」
オリバーが叫ぶと、槍の軌道がそれました。
「イザベル、平常心を失ってるじゃないか!ペーター、イザベルを安全な場所まで連れて行ってくれ!」
「わかりました!」
「アリスもエミリーも早く戻れ!」
「ううむ…無念だ…。」
「残念です…。」
アリスとエミリーが退却したのと入れ替わりに、イザベルを連れて行ったペーターがグスタフに乗って飛び出してきました。
「ペーター!剣士のお前が馬で戦うのは…、」
「大丈夫です!見てください、ラルフさんが急いでこしらえてくれたんです!」
ペーターは剣に長い棒を取り付けた急造の槍を持っていました。
「見ていてください、俺とグスタフの相性を!」
ペーターはグスタフを操り動死体の中に猛然と突進していきました。
(頼もしくなったな…)
オリバーは思わず顔をほころばせました。その瞬間、レオンの大声が飛んできました。
「オリバー!ボーっとしてる場合じゃねぇぞ!」
「ああ、大丈夫だ。行くぞ!」
オリバーも剣を構えなおすと、動死体に突っ込んでいきました。
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オリバーたちの地道な攻撃により、動死体はようやく全滅しました。森の中で待機していたラルフたちも出て来ました。
「どうしたのさ、イザベル。落ち込んじゃって。」
ビアンカが一番最後にうつむいて出てきたイザベルに声をかけました。
「いえ…。冷静でいなければならない局面で取り乱してしまった自分があまりにも情けなくて…。」
「しょうがないよ。炎の魔術が通用しない動死体なんて初めてだもんね。ね、師匠。」
オリバーはビアンカからの問いかけには答えません。じっと倒した動死体を見ています。
「…どうしたの、師匠。」
「いや…。」
オリバーはおもむろに剣を抜くと、動死体の肉塊の一部を切り取りました。マチルドは大げさに顔をしかめました。
「うえっ、気持ち悪い…。」
「何か気になることでもあるのか?」
レオンが心配そうに問いかけました。オリバーはまだじっと考えていましたが、やがて口を開きました。
「…こいつは動死体じゃないな。」
予想外のオリバーの声に、ハンスはびっくりしました。
「いったいどういうことですか?」
「普通、動死体というものは死体に魔術をかけて動かすものだ。だがこいつはどうも違うようだ…。一年半前に何度か戦った合成魔獣を覚えているか?」
ハンスとビアンカが頷きました。
「えっと、北の樹海を調べている時に闇の魔術師のプレグーがけしかけてきた、たき火の魔獣がそうでしたよね?」
「確か、オーベルクの街も襲ってきたよね。燃える馬みたいなやつ。キンフィールド城の魔獣兵もそうでしょ?」
「そうだ。こいつはそれに近いものなのかもしれない。炎の魔術が通用しなかったのも、きっとこいつが本物の動死体ではないからだ。」
「わざわざどうしてこんなものを作り出したんだ?ただ襲わせるだけなら普通の動死体でも問題はねぇと思うが…。」
レオンが首をかしげました。
「こいつらが死体を喰っていた、という普通の動死体からすると不可解な行動に何らかの手がかりがあるのかもしれないが…現時点ではよくわからないな。古代の文献にもこんなような記述はなかったしな。まあ、おいおいわかってくることかもしれない。まずはみんな、お疲れさん。」
オリバーは仲間たちを労いました。
「でも、ここから先はいつどこで敵と遭遇するかわかりませんね。」
ラルフが少し緊張した様子で言いました。
「ああ、ラルフの言うとおりだ。それに、相手が動死体なのか、それともこの新しい個体なのか。戦ってみなければわからない。ここからは本当に大変になる。覚悟しておいてくれ。」
今回戦闘したものは、詳細は分からないとはいえ、動死体ではなく合成魔獣らしいことが判明しました。はたして誰がこの合成魔獣をつくりだし、あやつっているのでしょうか…?
次話ではオリバーたちがナンジューマ地方の中心都市、ダナラスフォルスに到着します。そしてそこにある大神殿で一騒動起こるようですが…?どうぞお楽しみに!
ちなみにペーターのグスタフは、前リバー王国衛兵隊長のマティアスからもらったものですが、マティアスは前の愛馬が死んでしまったため、グスタフに乗り始めたばかりでした。そのためグスタフはカトリーヌやアンヌよりもずっと若いため、どうも馬たちの間で軽視されているのです。
では次話をお楽しみに!




