~暗黒の魔女~ 一章・王国の危機 「9.留守中の襲撃」
オリバーたちはパカロンでの女王様たちとの謁見を済ませ、オーベルクに帰る途中です。しかし、オーベルクでは事件が起こっているようです。
オリバーたちは馬を走らせ、夕方頃にオーベルクの近くまでやってきました。
「ここまで来ればもうすぐですね!」
ペーターがオリバーに声をかけました。
「ああ。ダナラスフォルスへは明日の朝出発するとしよう。お前たちには強行軍になってしまってすまないが…。」
オリバーは申し訳なさそうに言いました。
「それは先生も一緒…。」
「ローズのいうとおりですよ。先生、全然休む暇がないじゃないですか。たまには他の人にも任せてゆっくり休んでくださいよ。」
「はは、今のところは俺が動かなければならないことばかり起こっているからな。少し落ち着いたらそうさせてもらうさ。」
その時です、前の方から走ってくる多くの人たちが見えました。まるで逃げているようです。
「おや?あの先頭を走っているのは、確か市で見た…、」
その青年に、オリバーは見覚えがありました。
「ああっ、ローゼンハイン様!た、助けてください!」
先頭を走っていた青年がオリバーに助けを求めました。
「確かロジェと言ったな!どうしたんだ!」
「何だかわからないけど、武装した動く死体がオーベルクを襲ってきたんです!」
「何だって!?動死体の軍団がついにオーベルクにも!?」
ペーターはびっくりしました。オリバーはロジェに言いました。
「ロジェ、あの馬の後ろに乗って案内してくれ。大丈夫、俺が命の保障はする。」
「は、はい!」
オリバーはロジェがグスタフに乗ったことを確認すると、ペーターに声をかけました。
「行くぞ、ペーター!」
「はい!」
二頭の馬はオーベルクに向けて走り出しました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一方、オリバーの仲間たちはイザベルの薬屋の地下にある『隠れ家』に集合していました。パトリックがみんなに指示を出しています。
「動死体との戦い方は覚えているね?じゃあみんな、行こう!」
イザベルはマチルドの腕に魔術をかけました。
「うっ…。これは何回やっても慣れないや。よし、遅れをとるわけにはいかないからな、イザベル、行こうぜ!」
「はい。ラルフさん、ヨウフェイさん、後をよろしく頼みます。」
「わっかりました!」
「心配無用ネ!」
イザベルは二人に笑いかけると、マチルドとともに外へ出て行きました。
「…でも、チュンフェイちゃんは戦いに参加して大丈夫なのかな?」
ラルフは少し心配そうに言いましたが、チュンフェイは笑って言いました。
「それも心配無用ネ。姉さんとってもとっても強いヨ。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
レオンが斧槍を振り回して動死体を切り裂きました。
「うおおおおっ!…くそっ、倒しても倒しても沸いてきやがる!」
その時、フランソワの上からパトリックが叫びました。
「レオン!後ろに気をつけるんだ!」
「ん?うわっ!」
動死体が剣を振りかざしてレオンに襲い掛かりました。しかし、レオンが身構えた瞬間、動死体の体が真っ二つに裂かれました。
「チュンフェイ!」
チュンフェイが大太刀で動死体を切り裂いたのです。
「驚いたな、そんな大きな剣を扱えるなんて!」
チュンフェイはレオンのことなど気にも留めず、すぐに別の動死体に斬りかかって行きました。あまりのことにあっけにとられているレオンに、ビアンカが声をかけました。
「レオン!休んでる暇なんてないんだよっ!」
「お、おう!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
モニカがパトリックの後ろで精神を集中させています。
「冷静に頼むよ、モニカ。」
「今日のイザベルさんの特訓で、何かをつかんだ気がするんです。…行きます、ファイアーストーム!」
モニカが大声で唱えました。ものすごく大きな火柱が立ち上り、動死体の体を焼き尽くしました。
アリスは顔をしかめています。
「うむ…腐った死体が焼けるにおい、というものはやはり強烈だ…。エミリー、吾れらも遅れをとるわけにはゆかぬぞ!」
「はいっ、お姉さま!」
アリスとエミリーはそれぞれの愛馬をたくみに操り、動死体に炎の矢を撃ち込んでいきます。
「さっさとやられて神様のところに行っちまいな!」
マチルドもこてで動死体の頭を打ち砕いてゆきます。
「ビアンカ、次は左へ!パトリックさんたちはそのまま突っ込んでください!」
ハンスは自分も戦いながら、的確に仲間たちに指示を与えます。
「イザベルさん!五体ほど向かいました!」
「わかりました。ファイアーストーム!」
防御網を潜り抜けてきた動死体は後ろの方で待ち構えているイザベルが焼き尽くします。彼らは連携して果敢に動死体に向かって行きます。しかし、数の差により少しずつ苦しくなってきました。
「あーあ、もう剣に腐った肉がくっついて切れなくなっちゃった…。悪いけど一旦、退却させて!」
ビアンカが顔をしかめながら戻ってきました。
「くそっ、五回噛まれちまった!あたいも退く!」
マチルドも悔しそうに帰ってきました。
「吾れの矢も残り少なくなってきた…。エミリー、残りの矢を渡す。吾れは『隠れ家』に戻って矢を補充する!」
「はいっ、お姉さま!」
アリスはカトリーヌを操って戻ってくると、ビアンカとマチルドに声をかけました。
「ビアンカ!マチルド!乗るのだ!『隠れ家』まで乗せて行ってやろう!お前たちなら軽いから二人とも乗せられる!」
三人はカトリーヌに乗り、『隠れ家』へ戻りました。
「イザベルさん、そろそろ厳しくなってきました。一旦、市街地まで退いて体勢を立て直しましょうか?」
ハンスがイザベルに提案しましたが、イザベルは首を横に振りました。
「いえ、市街地に動死体を入れるのは危険です。…私が前に出ます。」
「それは危険すぎます。イザベルさんは後ろで援護していてもらわないと…。」
「しかし、人が少なすぎます。今、動死体の真ん中で戦っているのはパトリックさん、モニカさん、レオンさん、チュンフェイさんだけです。」
「…じゃあ俺が突撃します。イザベルさん、指示をお願いします。」
ハンスはそう言って槍を構えると、動死体の中へ突撃していきました。
「…あなたが突撃する、ということは、私は後ろで指示をするしかない、ということですね。仕方ありません。パトリックさん、右です!チュンフェイさんは左へ!…ファイアーストーム!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アリスたちは『隠れ家』までカトリーヌを走らせました。
「アリスさん!ビアンカさん!」
ラルフが中から飛び出してきました。
「ラルフ!大至急、剣の切れ味を戻して!それと炎の矢の補充を!」
「わっかりました!ヨウフェイちゃん、矢の準備を!」
「わかったヨ!…オマエ、腕大丈夫ネ?」
ヨウフェイはマチルドの腕を見て言いました。
「きれいな水で洗って、あとは安静にしておけば大丈夫だ。あたいにもそのうち毒の耐性がついちまうんじゃないかな?」
ラルフはヨウフェイの手伝いもあってあっという間にビアンカの剣の手入れを終え、炎の矢も用意しました。
「出来ましたよ、ビアンカさん!」
「ありがとう!仕事が早いね!アリスも準備できた?」
「うむ、大丈夫だ。行くとしよう。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
市街地の外では、動死体との戦闘が続いていました。
「くそっ、俺の斧槍も切れなくなっちまった!」
レオンに続いて、チュンフェイも退却してきました。
「エミリーさん!私を後ろに乗せてください!」
イザベルがエミリーに頼みましたが、エミリーは了承しませんでした。
「ダメです!イザベルさんはそこで指示をしていただかないと!」
「もうすぐアリスたちが帰ってくるはずだよ!もう少しだけ耐えるんだ!」
パトリックも言いました。イザベルは自分自身を歯がゆく思いました。
(皆さんは武器を持って戦えるのに、私は魔術でのサポートしかできない…)
「自分のことを嘆いているのか?でもイザベルにはイザベルにしか出来ないことがたくさんあるだろう?」
突然イザベルの背後で声がしました。ハンスが嬉しそうに言いました。
「あっ!先生!」
「帰ってきたんだね!」
パトリックも喜んでいます。
「ロジェ!エドゥアルトとグスタフを安全な所まで連れて行ってくれ!ペーター、行くぞ!」
「はいっ!」
オリバーとペーターは剣を手に動死体に向かってゆきました。
「イザベル…。魔術…。」
ローズがイザベルの前に自分の腕を出しました。
「あ、はい!」
「っ…!これは、イザベルにしか、出来ないこと…。」
ローズはそう言うと手にこてをはめ、動死体に向かってゆきました。それとほぼ同時に、違う声も聞こえてきました。
「今戻ったよっ!」
「エミリー!矢の補充を持ってきた!」
「ありがとうございます、お姉さま!」
ビアンカとアリスも戻ってきたのです。これでハンスたちも勢いを取り戻しました。
「ようし、あと少しだ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
オリバーたちは動死体との戦闘を続けました。レオンとチュンフェイもすぐに武器の手入れを終えて戻ってきました。そしてようやく全ての動死体を倒すことが出来ました。
「ふあっ、やっと終わった…。」
ハンスは疲れからか、思わず地面に座り込んでしまいました。モニカも魔術を使い続けたせいか、フランソワの上でぐったりしています。
「あのお二人は特によく頑張ってくれました…。」
「よくやったな、二人とも。」
オリバーは満足そうに言いました。そこへ、ロジェが二頭の馬を牽いてきました。パトリックとアリス、エミリーは月明かりに照らされたエドゥアルトを見て目を見張りました。
「なんていい馬だろう…。いったいどこで手に入れたんだい?」
パトリックがたずねると、オリバーが答えました。
「ヘルガ女王様とオットー様からの贈り物だ。名前はエドゥアルト。ローズが名づけたんだ。」
アリスとエミリーも感動しています。
「毛並みも素晴らしく、体つきもしっかりとしている…。まさしく名馬だな。」
「羨ましいです…。」
三人の羨望の眼差しに、オリバーは苦笑いしました。
「とにかく『隠れ家』に戻ろう。ハンス、お前は疲れただろうからエドゥアルトに乗れ。」
「ありがとうございます…。」
ハンスがフラフラしながらエドゥアルトの背に乗りました。
「ローズも疲れただろう?お前も乗っていいぞ。」
しかしローズは首を横に振りました。
「大丈夫なのか。…よし、戻ろう。ロジェもありがとう。俺たちのところで休んでいくか?」
「いえ、僕は市の様子を見に行きます。みんな混乱していただろうから、メチャクチャになっていると思うので…。」
「そうか、わかった。君にも感謝しているよ。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『隠れ家』にはラルフとヨウフェイ、そして先に退却していたマチルドが待っていました。
「ラルフ、みんなの武器の手入れをしてくれたみたいだな。ヨウフェイもラルフをしっかり手伝ってくれたようだし。マチルドもよく戦ってくれた。…みんな、本当にご苦労さん。」
「先生がいなくても、みんなで力をあわせて戦えましたよ。」
ハンスが胸を張りました。
「とは言っても、師匠がいないとやっぱり心細かったけどね。」
ビアンカの言葉にみんなが笑いました。
「さて…、疲れているところ申し訳ないんだが、俺は明日、ナンジューマのダナラスフォルスへ向かおうと思う。どうやらはぐれ動死体がまだたくさんいるらしい。それを排除しに行かなければならないからな。恐らく今日の連中も、動死体軍団の本隊ではなく、はぐれ動死体の集合体だろう。オーベルクを破壊しつくすには少し少ないようだったからな。
とは言え、今日のこの戦闘は予想外だった。みんな疲れただろう。明日一緒に行くのは体力が十分残っているやつだけでいい。疲れてるやつはその疲れが癒えてから俺を追いかけてきてくれ。」
「私は大丈夫ですよ。」
まっ先にイザベルが笑顔のまま言いました。
「あたしも大丈夫だよ。…むしろ、一晩寝たらみんな大丈夫だよね?」
ビアンカの言葉にみんなが頷きました。
「みんな…。ありがとう。じゃあ明日、朝食を食べたらみんなで出発するとしよう。今日は本当にみんな疲れただろうから、ゆっくり休んでくれ。」
オリバーの言葉に、仲間たちは地上への階段を上り、それぞれヴォルフの宿に戻って行きました。オリバーが階段に足をかけると、ビアンカが声をかけました。
「じゃあ、あたしたちも旅の準備をするよ。じゃあ師匠、また明日の朝にね。」
「ああ、そうだな。」
続いてイザベルも声をかけました。
「お休みなさい。…オリバーさん、先ほどはありがとうございました。」
「…あまり気負いするなよ。」
イザベルは笑顔を返しました。オリバーはヴォルフの宿の自分の部屋に戻り、すでに大いびきをかいているハンスとペーターの横で眠りにつきました。
オリバーが不在の中でも、仲間たちは力を合わせて動死体の一群に立ち向かいました。オリバーはとても心強く感じているようです。
次話ではオリバーたちがナンジューマ地方に向けて旅立ちます。途中、はぐれ動死体に遭遇しますが、その動死体たちはこれまでオリバーが見たこともないような奇行に走っているようです。どうぞお楽しみに!
ちなみに動死体は街の中に侵入する前に侵攻を食い止められましたが、街の人々がパニックを起こしてしまったせいで街中はめちゃめちゃになってしまってしまいました。ロジェはその片づけを手伝うために早めに帰ったのです。
では次話をお楽しみに!




