98 第5章第17話 唯一の懸念
『―― アウト ――』
“栗草、セカンド盗塁失敗です! いや~多澤キャッチャー見事な送球ですね”
“確かに多澤選手は、一度は引退した身やけど、あの体格、あの送球を見ると、結構鍛錬は続けていたんとちゃうやろか?”
“……えっと、資料によりますと、引退後はずっとファイアースの2軍ブルペンキャッチャーを続けていたようです”
「(さあ、タマ子ちゃん、後はいつも通り行こうか!)」
多澤は、サインを出した。
ピッチャー珠子、頷いてモーションから……投げた。
―― カン ヒュウウ~ ――
―― バシッ! ――
『―― アウト ――』
“海山をまたもやライトフライに打ち取りました。いや~今のバッターにも2球でアウトにとりましたね”
“そうやな、1回は4球で終わってるし、この2回も2アウトまで3球しか投げとらんわ。えらい経済的な投球しとるな~”
“それだけ北白山は、優秀なピッチャーということでしょうか?”
“まあ、落ち着いた態度と並外れたコントロールはもっていると思うんやけど、どっちかというとキャッチャーがすごいんやないか?”
“でも、多澤さんは、比較的年齢が高めですよ。体力がいつまでもつかじゃないでしょうか?”
“それでも、あの配球と盗塁ランナーをアウトにできる強肩は、目を見張るものがあるんやないかな。それにな、あの北白山の投球数なら、多澤キャッチャーの体力ももつんやないかと思うわ!”
―― カン ヒュウウ ――
―― バシッ! ――
『―― アウト ――』
“お~と、早くも3人目、尾方がセンターフライに打ち取られました。これで、2回も4球で終了です!”
「タマ子、いい調子よ! このまま突っ走っちゃって! ……それより、多澤さん、今の回の説明をお願いしますね。監督も心配していましたよ」
徹子は、2回の守備が終わりベンチに戻ってきた珠子に声をかけた。そして、多澤には笑顔で質問をしたのだった。
同時にそれを聞きつけた新城監督と、セカンドの守備についていた形山も、多澤のそばに寄ってきた。
「ああ~あれな……そんな大した意味はないんだけど、このままノーヒットノーラン、おまけにノーフォアボールで試合を進めてしまったら、『完全試合』とかになるかもしれないだろ?」
「え? 完全試合とかは、無理でしょ」
「ば~か、形山。今は、まだ誰もタマ子ちゃんのボールの秘密を知らないんだよ。この調子なら、完全試合なんて簡単にできると思うぜ!」
「そ、そうなんですか?」
「ソウですよ~形山く~ん! ボクが、どれだけバットを折られたと思ってるんですか? 彼女のボールは、誰も打てませんヨ~」
ひょっこり顔を覗かせたエイエス選手が、珠子の投球を絶賛したのだった。エイエスは、ファイアースの中で唯一珠子と対戦したことがある選手なのである。
「まあ、もう少しこの世界に慣れれば、そういう記録を作るのもいいとは思うが、周りの球団の目が厳しくなるんだよ。余計なところまで研究されて、思うように投球できなくなることもよくあるのさ。俺はな、タマ子ちゃんにそんな思いはさせたくないんだよ。楽しく野球をやって欲しいんだ」
「やっぱりそうだったんですね。私も考えてはいたんです。タマ子の力をどうやって抑えるか」
「さすが、専属トレーナーだな、テツ子は……ふふふふ」
「そうだよね~……そっか、そっか……さすが多澤親分だ! ちゃんと一人一人の選手のことを考えてくれてるもんな~……」
「よしてくださいよ、監督。昔、そういうピッチャーを見たことがあったからですよ……それにね、今日の2塁盗塁の刺殺で、少しは俺の株も上がったんじゃないかな?」
「そうよね……多澤キャッチャーは強肩だってことで、安易な盗塁狙いも減ると思うわ」
「そう、テツ子の言う通りなんだ。無闇に盗塁されてみろ、俺だって疲れちゃうだろ? あはははは。まあ、今のタマ子ちゃんのボールなら、こっちが加減しなきゃ、誰も出塁なんかできないと思うけどな」
その後も、珠子は多澤のサインの通りに投げて、外野フライと内野ボテボテのゴロでアウトの山を積み重ねた。
味方もそんな珠子の様子に触発されて、ヒットやホームランを打ち、結局8対0で、北海道ミルクファイアースの勝利に終わった。
(つづく)




