94 第5章第13話 セーブパワー
―― スパッン! ――
『―― ストラーイク! ――』
“初球は、ど真ん中でしたね。しかし、バッターはバットを振りませんでした。なぜですか? 岩木さん?”
“そりゃ、初めて見るピッチャーやしな。しかも、データも何もないはずや……あ! そうか、これを狙ってたんやな”
“どういうことですか?”
“オープン戦で少し投げたやろ。あれは、ピッチャー北白山のテストピッチングやったんや。本当の力は、本番まで明かさんようにしたんやな”
「おや? ケンさん……こんないいボールを見過ごすとは、どうしたんだい? ふふ」
キャッチャーの多澤は、珠子の初球、それもど真ん中の直球を見逃したフォーグスの1番打者の見藤に声をかけた。
「いいじゃないですか。別に……」
「な~に、女の子のピッチャーだからって、球数を多く投げさせようとしてるのかな~って思ってな」
多澤は、少しふざけたような話し方で見藤をからかった。
「止めてくださいよ~多澤さん。あんなに教えてもらったじゃないですか? 僕がそんなことするように見えますか?」
「はははは……チームが違えば、分からんからな、ふふ……」
多澤は、キャッチャーの位置からバッターに声をかけて、その時の調子や狙いの傾向などを探る手法を昔はとっていたのである。昔は、そんなよくしゃべるキャッチャーもあちこちのチームにいたのであるが、今は、試合時間の短縮などで審判に注意されることもある。
それでも、多澤は、口を動かしながらでもしっかりサインは出していたから、審判には何も言われなかった。
“第2球、決まったようです。北白山、多澤のサインに頷き、ボールを入れたグローブを大きく振りかぶった。そして、先ほどと同じフォームで……今……投げました!”
―― ガッコン! ――
“当たった! ボールは……大きなフライです。しかし、距離は出ない。浅いフライだ! ……取った! ライトが捕りましたね”
“普通なら、今の当たりはライトの前に落ちるはずや! ひょっとして、ライトは初めから前に守っていたんか?”
「よ~し、その調子だ。いいぞ! タマ子ちゃん!」
「は~い! 多澤さん!」
マウンド上の珠子とホームベースの後ろの多澤は、お互いに声を掛け合い投球の確認を行った。
ベンチで見ていた徹子も、頷きながら珠子の調子は万全なことを確信していた。すると、またも、後ろに座っている新城監督が声をかけてきた。
「ねえ、テッちゃん? どうして、バットが折れなかったの? オープン戦の時は、あんなにバキバキ折ってたのに……これ? ひょっとして魔球なの?」
「もう、監督、そんなにホイホイと魔球なんか投げられる訳ないじゃないですか。あれは、タマ子が力加減を覚えたんですよ。オープン戦の時は、全部、全力で投げてましたからね」
「え? あのタマちゃんが、力をセーブしてるの? うっそだ~! 僕は、高校の体育の先生にも聞いたんだよ。ボール投げの時は、力のセーブが難しくていつもボールを飛ばし過ぎて大変だったって!」
「ああ~確かに、ボールはいくら力を入れても壊れませんからね。タマ子にとっては、ボールは『安心』なんですよ。安心してください、ボールは割れませんから!って、タマ子はよく言ってました」
「それが、どうして? テッちゃん、いったいどんな魔法を使ったの?」
「あのね、監督。魔球とか、魔法とか、そんなことばかり言ってるから、勝てないんですよ! 少しは、現実を見てください!」
徹子の言葉は厳しそうに聞こえるが、目が笑っていたので、本気ではないということは新城監督にも分かった。しかし、どことなく厳しく怒られているような気になったのだった。
しょんぼりした監督の様子を見て徹子も少し反省したのか、ゆっくりと優しく珠子の変化を話し出した。
「えっと……それで、タマ子なんですけど、家では農家の手伝いをよくやってたんです。だから、いろんな野菜を収穫していたみたいなんです」
「野菜の収穫?」
新城監督は、また笑顔に戻り、徹子の話に耳を傾けた。
「ええ。そんな中でも、トマトとリンゴとスイカを持てるんですよ」
「え? それって、普通じゃないの?」
「新城監督! タマ子のこと、知らな過ぎます! タマ子は、片手でカボチャを捻り潰せるんですよ! すごい力なんですから!」
「ええ! そうなの?」
「はい! でもね、ちゃんと収穫できるってことは、完熟トマトだって、潰さずに持てるんです。リンゴだって、手で絞らずに持てるんです。もちろんスイカだって、五本指を突っ込まずに持てるんですよ! すごいでしょ! はあ、はあ、はあ……」
「テッちゃん……? テッちゃんこそ、力が入り過ぎじゃない? ちょっと落ち着こうか……」
「す、すみません。タマ子の怪力のことを思い出すと、つい私も力が入るんですよね。……えっと、そこで、タマ子に力加減を教えるために、『リンゴを持つように』とか『完熟トマトを持つように』って練習させたんです。すると、うまい具合にボールを持って投げるときの感覚がつかめたようなんです」
「そっか……それで、さっき『リンゴ』とか『スイカ』とか言ってたんだね」
新城監督は、もう一度マウンド上の珠子を見つめて、嬉しそうに微笑んだのだった。
(つづく)




