93 第5章第12話 先取点
“1アウト、ランナー六十畑が3塁、バッターは3番喜代宮。これは、絶好の得点チャンスです”
“ここは、何としても点が欲しいとこやけど、昨年はここでヒットが出なかったんだよな、ファイアースは。それで、リーグ3位という成績やったわ。結局CSでも、1回戦で負け越して敗退やったしな”
“ピッチャー、セットポジションから……投げました!”
―― カン! ――
“打った! ボールは、サードの頭をギリギリ飛び越して、レフト前に落ちた! ランナーは、ホームイン!”
「よしっ!」
六十畑は、ホームを走り抜けた。ベンチに戻ると、まず珠子の前に行き、ハイタッチを交わしたのである。
「あ! お前、先にタマ子ちゃんとハイタッチしたな! このやろ~……くっーー、そっか、よーし、俺も頑張るぞ~!」
5番の千波は、何やらホーム生還のモチベーションが上がったようで、目をギラギラさせていた。他の選手も、返ってきた六十畑を祝福と称してバタバタとヘルメットを叩きながら、ベンチの中が歓声で盛り上がっていたのだった。
「タマ子ちゃん、これで、1点入ったから、大丈夫だな!」
「はい、多澤さん。あたしが、0点に抑えれば、勝つんですよね」
「そうだ。いいか、今日は、全力で行くからな!」
「え? 全力で投げていいんですか?」
「あ! すまん、投げるのは違う、違う。試合に臨む意気込みが全力っていうことだからな、間違うなよ!」
「はい! 分かってますよ! 指示があるまでは、リンゴでいいんですよね!」
ベンチで様子を見守っていた多澤が声をかけた。今日の試合への意気込みを確認するようなやり取りだったが、珠子は笑顔を浮かべながら『リンゴ』でいくということを確認したのだった。
「そうね……今日は、最初だから、スイカはいらないわね。リンゴを基本に、ここぞってときにスイカでいいんじゃない」
徹子もそんな確認を珠子にしていた。すると、後ろのベンチに座っていた新城監督が、声をかけてきた。
「なあ、テッちゃん? その『リンゴ』とか『スイカ』って、何のことなの? また、魔球でも生み出したのかい?」
「あ~新城監督、違いますよ。魔球は、『ジャイロ』と『ツッパリ』だけですよ。ふふふ、これは……まあ、後の楽しみってことで、すぐに分かりますからね」
そんな話をしているうちに、4番エイエスはセンターフライ、5番千波はライトフライに倒れた。悔しそうにベンチに帰ってくる度に、珠子に励まされていたので、目の輝きはまったく曇らずむしろ、さらにギラギラさせていた。
“さあ、1回の表が終わりました。ファイアースが1点を先取しましたが、果たしてこれを守りきれるのでしょうか?”
“いや~それは無理やろね。確かにオープン戦の時の北白山のピッチングは、迫力があったけど、先発として果たしてどこまでもつかだと思うねん。特に女子は、体力的にハンディがあるといってもいいんやないかな~。あ、これは、セクハラとかとはちゃうねんよ! 単に、数値的な観点からな、やっぱり、体力的には男女差ってあるんやないかと思うんや”
“はい、それは分かりますよ。でも、その上で、新城監督は、開幕戦の先発として北白山を選んだんです。きっと何かあるんじゃないでしょうか?”
“そうやね……なんでもええから、うちらの度肝を抜いて欲しいところやけど……”
「おい、みんな! 外野は少し浅く守ってくれるか? 逆にショートとセカンドは、深めに頼むわ!」
守備に就く前にベンチで多澤は、チームメイトにそんなお願いをした。
「おお! 任せとけ!」
「絶対に、後ろには抜かせんよ!」
「死ぬ気で守るから、任せてね、タマ子ちゃん!」
ファイアースの選手たちは、口々に叫びながらベンチから飛び出した。
そして、マウンド上には珠子。キャッチャーは多澤。徹子は、ベンチの一番前で、祈るようにグラウンドを見つめていた。
『―― プレイ! ――』
いよいよ、1回裏が始まった。サインを見る珠子。頷き、大きなモーションから、第1球を投げた!
(つづく)




