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91 第5章第10話 開幕前日

 キタシロファームのラーメン屋で話をしてから、3週間が過ぎようとしていた。3月も末だ。いよいよ、明日が開幕戦である。


「タマ子、大丈夫? もう、落ち着いた?」

「はい! テツ子さん、大丈夫です。床は、しっかり動かなくなりました。それに、耳もおかしくなくなってきましたよ!」


「ん? なんだ、タマ子ちゃん、体でも具合が悪いのか?」

「そ、そんなことはないんです。……ただ、初めてだったもので……」

「ふふふ……夕べは大変だったのよ、多澤さん。タマ子ったら、初めて飛行機に乗ったでしょ。『床が浮く~』とか『地面が動く~』って、飛行機を降りてからずっと言っていたの。それに夜中まで『ぶ~ん……』って、手を広げてベッドで立ち上がったりしたのよ。具合でも悪いのかってびっくりしちゃった。でもね、目は閉じてるの……寝ぼけてたのね。まったく、人騒がせなんだから」



 珠子たち、北海道ミルクファイアースの1軍メンバーは、開幕戦が行われる九州熊本のクマモンパークに来ていた。明日からの九州おくらフォーグス戦に備えて、昨日九州入りして、今日は一日練習日となっていた。

 午前中の今は、ファイアースがグラウンドで練習を行っている。


 クマモンパークは、ドーム球場で屋根はあるが、天気の良い日は、何段にも高くなっている外野席の後ろにある大きな窓が開け放たれ、外の空気も入ってくる。もう、桜が満開で、クマモンパークの周りの公園では、桜の木の下でお花見も行われていた。



「いい天気ですね~……あたし、お花見がしたいです~」

「何言ってんの、タマ子ったら。明日は大事な試合じゃない。しかも、タマ子は先発するのよ! 分かってるの?」

「はい、分かってますよ。あたしが、最初に投げるんですよね……別に、大したことじゃないじゃないですか?」


「あははははは……タマ子ちゃんは、いい度胸をしてるな~。俺なんか、久しぶりの公式試合だぜ。ドキドキしちゃうぜ」

「え? そうなんですか? 多澤さん。大丈夫ですよ、バッターに向かってボールを投げるのは、あたしなんですから。多澤さんは、そのボールを取ってればいいじゃないですか」


「確かによ~そうなんだけど……まったく、タマ子ちゃんには、おどろかされるぜ!」



 グラウンドの真ん中でそんな話をしていると、ウォーミングアップを終わらせた他の選手たちが、珠子のそばにやってきた。もちろん、珠子は、とっくに済ませていた。


「はあ、はあ、はあ……タマ子ちゃん……はあ、はあ……早いね~。いつも、あんなスピードでランニングとかしてるのかい?」


 珠子に遅れること10分、グラウンドの外周を10周走るメニューを終えた形山選手だった。


「別に、いいんだよ。ウォーミングアップは自分のペースでやればいいんだ。たまたま、タマ子ちゃんはこのスピードがちょうどいいんだよ」

「ホントですか? 多澤さん……はあ、はあ……。そっか、そういえば、タマ子ちゃんは、」全然、息が上がってないですね~」


「お前こそ、若いんだから、そんなに息が上がってちゃ、ダメなんじゃないか? あはははは」


 半分冗談で多澤(おおさわ)は、形山(かたやま)をからかった。すると、形山は、真面目な顔で言い返してきたのだ。


「仕方無いじゃないですか! タマ子ちゃんに会えたんです! 久しぶりですよ! オープン戦の最初の頃はいたのに、昨日まで全然顔も見せてくれないんですもん。息が上がってるのは、タマ子ちゃんに会えた嬉しさなんですよ!」

「はあ、はあ……よ、よく言った、形山! 俺だって、会いたかったんだよ~タマ子ちゃん!」

「はあ、はあ、はあ……ぼ、僕だって、オープン戦はタマ子ちゃんのために、いっぱいホームラン打ったんですから!」

「はあ、はあ……ぼくは、盗塁をいっぱいしました」

「……ヒットも打ったよ~」

「ぼ、ぼくなんか、タマ子ちゃんがいなくても、しっかりベンチは温めていたんだから! いつ来ても大丈夫なように……えっへん!」


 次から次へとチームメイトたちが集まってきた。みんなタマ子との再会を喜び、口々に声をかけてきた。


「えへへへへ……あたしも、嬉しいです。また、一緒に頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!」


「「「 わああああああああーーーー! 」」」


 珠子(たまこ)の笑顔と声を聞くだけで、ファイアースの選手たちは、歓声を上げて大喜びをしていた。



「こら~! お前ら! 何やっとんじゃ! ウォーミングアップが済んだら、自分の練習メニューをこなさんか~! あ、タマ子ちゃんは、明日の先発だから、マウンドを確かめておいてくれよ!」

「はい! 森元コーチ!」


 選手たちが、あちこちへ散らばり練習を始めた頃、新城(しんじょう)監督が森元(もりもと)コーチに近づき、小声でささやいた。


「ふふ、森元ちゃん、みんな、元気になったね……」

「何、言ってんですか? 監督が、オープン戦の最初しかタマ子ちゃんを使わなかったらですよ」


「え? だって、タマ子ちゃんは、秘密兵器だよ。そんなに見せびらかす訳ないじゃない!」

「ダメですよ、もうタマ子ちゃんは、うちのチームの栄養ドリンクになったんです。もう、タマ子ちゃんなしじゃ、元気は出ませんよ」


「え? そうなのかい? ……でも、まあ、じゃあ大丈夫だね。これからは、毎回、タマ子ちゃんはベンチ入りするんだからね!」


 そう言って、新城監督と森元ヘッドコーチは、小声ではあったが、大笑いをしていたのであった。




(つづく)


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