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90 第5章第9話 餅つきのスナップ

「お! ラーメンが来たな。続きは、食べながらにしよう……」


 目の前に大きなラーメンどんぶりを置き、みんなで『いただきます!』を言ってから、アアツアツのラーメンをすすり出した。


「う~ん……この濃厚さが、たまらないのよね~」

「俺は、スープが染み込んだ野菜が実は好きなんだよ……」

「あたしは……まず、この餃子から。……うわ~スープが染みて、最高!」


 まずは、3人ともラーメンの美味しさにたまらず、麺をすすり続けた。


「ぷふぁ~……美味しいわよね~」


 お冷をグイッと飲み干してから、再びコップに水を注ぎ、徹子(てつこ)は静かに話を始めた。


「タマ子は、あい取りをするときに、どんなことを注意するの?」

「え? あい取りのときですか? ……えっと、まず、タイミングかな。手元は見ないんです。杵よりもちょっと前に餅(もち)を返すのがベストのタイミングなので、目は必ず杵を見てます」


「ほお~そりゃ、ピッチャーで言うなら、バッターに注視しろってことだな」


 多澤(おおさわ)が、野球に置き換えて考えようとしていた。


「……それから、えっと……あ、そうだ。お母ちゃんによく注意されたのは、『手首を硬くしたらダメ』って言われました。餅は、素早く返すことが大事なんです。モタモタしてると、杵にぶつかって怪我をしちゃいます。かといって、餅を撫でるだけじゃ意味はありません。ちゃんと、餅の端から手を突っ込んで、餅の半分ぐらいを内側へクイッと返すんです。そのときに、『手首を使え』って、よく言われました」


「おお! それよ、それ! タマ子ちゃん、そのクイッと手首を使うことを野球ではスナップって言うんだよ!」


「え? 多澤さん、そうなんですか? でも、ボールを投げるときに、ボールをひっくり返しちゃったら、投げられないんじゃないんですか?」 

「馬鹿ね、タマ子。ひっくり返すんじゃなくて、ボールに回転を加えるのよ。そう、ひっくり返すつもりで、人差し指と中指に力を入れるの」


 珠子(たまこ)は、ポケットから野球ボールを取り出し、フォーシームの握り方をした。そして、投げる真似をしながら、最後に2本の指に力を入れてみた。


「あ! 分かりました! ボールは、餅じゃないからひっくり返ったりはしないけど、ひっくり返すつもりで指に力を入れるんですね。実は、餅をひっくり返すとき、あたしは指だけに力を入れてやってたんですよ。そのときは、5本の指でしたけど、これを2本でやるんですね」


 珠子は、なんとなくスナップの意味がつかめたようだった。そして、嬉しそうにボールの握りを確かめながら、ニコニコと笑った。


「まあ、タマ子が自分なりに理解できたんなら、いいわ。それにしても、あんた、こんなときにもボールを持って来てるのね」

「えへへへ……だって、テツ子さんは、いつでも練習だって、言ってたじゃないですか」


「恐れ入ったよ! そんなに練習熱心だったんだなタマ子ちゃんは。それに、テツ子、よくそんな説明を思い付いたもんだ。やっぱりお前は、タマ子ちゃん専属の特別コーチだよ!」

「なによ、多澤親分! 今更、そんなこと言って……恥ずかしいじゃない。さ、冷めないうちに食べるわよ! 食べたら、また、室内練習場に戻って練習よ!」



 3人は、まだまだアツアツのラーメンをすすりながら、自分のやるべきことが見えた爽快さを感じていた。

 外は、肌寒さも残る春間近の旭川だが、ラーメンのせいか、3人とも額から流れる汗を楽しそうに球団のロゴ入りのタオルで拭いていたのだった。




(つづく)


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