88 第5章第7話 特別待遇は極秘で!
「それにしても、今日は野球もやってないのに、お客さんがたくさんいるわね」
徹子は、あちこちをキョロキョロしながら、人の多さにびっくりしていた。
「確かに、ここはボールパークで野球を楽しむ人たちのための建物だ。大きな球場、しかも天井は開閉式だ。天気のいい日は太陽の光を浴びながら野球ができる。雪が降る北海道でも、この球場なら冬でも野球を楽しむことができるんだ」
「それだけじゃないでしょ? この客席の後ろ……いいえ、後ろだけじゃなく、地下や屋上までがいろいろな施設があるわ。温泉にサウナ、ショッピングモールに各種レストラン、北海道各地のお土産物も手に入るわよね」
「まあね。それに、隣に隣接する旭山動物園のお客さんも必ず帰りはここに寄るみたいだぞ」
「そういえば、お父ちゃんが言ってたわ。動物園を見た後は、ボールパークで食事をしてお土産を買うんだって!」
「そうね、昔は、この動物園にも遊園地が併設されていたんだけど、遊具の老朽化とともにいつの間にか遊園地はなくなっていたのよね。でも、今じゃこの球場があるお陰で、動物園に来るお客さんも増えたそうよ」
多澤たちは、今、球場の正門近くのエスカレーターを登りながら、その奥に広がる様々なお店に目を奪われていた。
「あたしなんか、北海道に住んでても、あんまり旅行とかしないから、旭川以外はあんまり知らないんです。でも、ここ旭山ドーム球場に来れば、北海道各地を旅行した気分になれるんですよね~」
「あ、タマ子ちゃん、その『旭山ドーム球場』っていう呼び方な、変わるらしいぜ。なんでも、ここの球場の命名権を買った企業……というか、経営者が、『キタシロ ファーム ホッカイドウ』って名前を付けたらしいんだ」
「え? ええ? ……そういえば……」
珠子は、父親がこの旭山ドーム球場に『キタシロ ファーム ホッカイドウ』という名前を付ける権利を買ったという話を思い出した。そして、手持ちのバッグを漁ると、例のカードを取り出した。
「あの~…………これ」
「どうしたの? タマ子? 何、それ? クレジットカード? ああ~大丈夫よ、ここの食事の話だったら、たぶん、多澤さんがおごってくれるから、ね、親分!」
「なんだよ~テツ子、また、俺か~? 俺はな、ただのブルペンキャッチャーなんだよ。契約金なんかないんだ、普通の月給しかもらってないんだよ」
「ふふふ、親分、そんなこと言って。……私、知ってますよ。今回のタマ子のことで、特別ボーナスが出るそうじゃないですか? それも、外人選手の契約金並みだって聞きましたよ~」
「う……まあ、そうらしいな~……。そういうお前だって、特別ボーナスもらったんだろ?」
「うふふふ……まあね。……だから、タマ子、心配しなくていいのよ、ここの食事代ぐらい、私たちでなんとかなるからね!」
徹子と多澤は、顔を見合わせながら、珠子にウインクで答えた。
しかし、珠子の方は、バッグから出したカードをグッと前に突き出して言った。
「あの~……すみません! ここの球場に名前を付けたのは、うちのお父ちゃんなんです! 『キタシロ ファーム』っていうのは、あたしのうちの農場の名前なんです!!」
「『北白山』……『キタシラヤマ』……そっか、頭の2文字『キタシロ』か。そういえば、タマ子ちゃんの家は、農家だって言ってたな。『農家』……『ファーム』か! おいおい、お前の父ちゃんすごい経営者なんじゃないか?」
「あ、いえ……そんな。ただ、お父ちゃんは、小遣いで足りたからとか言ってました。農場の経営の方は、ちゃんとお母ちゃんが取り仕切ってるので大丈夫だと思います」
「大丈夫って……。そういえば、タマ子の家の農場は、手広くやってるって言ってたわよね。……で、そのカードとは何が関係あるのよ!」
「これ、命名権の特典らしくて、3枚もらったうちの1枚をやるからってもらったんです」
「ふ~ん……で、特典というからには、そのカードでポイントでも貯められるの?」
「あ、いえ……このカードで、1年間、ここで好きなものを好きなだけ食べられるんだそうです。しかも、あたしの知り合いなら一緒に……」
「おいおい、タマ子ちゃん、もうちょっとよく、そのカードを見せてくれるか?」
多澤は、カードを受け取り、表も裏もくまなく調べて、「は~……」と大きなため息をついた。
「これ、『命名権者特別ご優待 プレミアムカード』だぜ! しかもだ、タマ子ちゃんが言ったように食事はもちろん、球場の指定席も無料、温泉やサウナも無料、球団のロゴ入りタオルやTシャツなんかも無料でもらえる奴だぜ!」
「ええ! そんなにすごいの!」
「しかもだ、テツ子、おどろけ! このカードを提示したものはもちろんだけど、連れは2名まで同じ扱いになるって書いてある!」
「じゃあ、ちょうどいいですよね。あたしと、テツ子さんと多澤さんで、このカードを使えば、好きな物が無料で食べられますね、えへっ」
特に問題ないと言わんばかりに珠子は微笑んでいたが、徹子と多澤は空いた口がそのままになっていた。
そして、多澤は、すぐに正気を取り戻し、珠子と徹子に釘を刺した。
「いいか、お前たち、このことは絶対に他の人に言うなよ! 同じチームの人にも内緒だぞ!」
「え? 多澤さん、どうしてですか?」
「そりゃ、お前……こんなすげえことが知れ渡ったら……何が起きるか俺にも分からんからな!」
徹子と多澤の心配をよそに、珠子は元気に「はい!」といつもの笑顔を見せていたのだった。
(つづく)




