83 第5章第2話 いよいよサインで投げる!
「じゃあ、タマ子、練習を始めるわよ。準備運動はいい?」
「はい、大丈夫です。ちょっと走ってひと汗かきましたし、投球練習もしました!」
「そう、多澤さんもよろしくお願いします。初めは、……おっほん……」
徹子は、ちょっと咳ばらいをした後、少しためらいながらも投げるボールを指定した。
「……ジャ、ジャイロボールを投げて!」
「おお! やっぱりジャイロボールっていう名前にするんだな!」
多澤も少し笑顔で、キャッチャーミットを構えた。
「はい!! ジャイロボールを……タマコ、投げま~~す!」
珠子は、マウンドで右手を高々と上げて叫んだ。
「お? タマ子ちゃん、それ、『タマコ行きまーーす!』だな。随分古いの知ってるんだね?」
もう、多澤ぐらいしか知らないずっと昔に流行ったアニメの主人公のようだった。
「えへへへへ……」
「もう! タマ子ったら! いいから、さっさとやるわよ。……私が打つからね!」
「え? テツ子さんが打つんですか? ……えっと、手が痛い……らしいですよ?」
「大丈夫よ。昨日、知り合いのスポーツ店の人に言って、いい物を貸してもらったから!」
「え? そのバットですか? 普通のバットに見えるんですけど……」
「これはね、絶対に折れないバットよ! ……ジャジャーーアン……~超ウレタンバット~!」
「なんだいテツ子、それは……」
「あのね、普通のバットだったらタマ子のジャイロボールは、折れる確率がすっごく高いの。練習で、そんなにバットを折ってたらたまったものじゃないわ。そこで、ボールが当たっても、この超ウレタンバットなら、折れずにグニャって曲がってくれるの。もちろん、バットを振る練習だから、重さや空気抵抗は計算して同じにしてあるの。だから、バットを振る練習にもなるのよ」
「ええ? でも、ジャイロボールを投げるあたしの練習にはならないんじゃないですか?」
「タマ子、それは大丈夫。このバットを振れば、バットが折れなくてもボールが当たった感触は手に伝わるの。もし、感触がなかったら、それはバットが空を切ったということで、空振りなのね。そこは、ちゃんと私があなたに伝えるようにするから」
「そうなんですか?……でも、空振りなら見てれば分かりますよね。それに、ジャイロボールって、空振りを取るボールじゃないと思うんですけど……」
「あのねタマ子。これからは、ジャイロボールだけじゃ勝てないの。他のチームは、タマ子の投げるボールを徹底的に研究してくるはずよ。思い出して、横先バッティングコーチは、バットを折らずにあなたのボールを打ち返したじゃない!」
「あれは、打ち返したっていうか、ただのバントじゃないですか」
「そう、あの打ち方よ。きっとそのうちに、ただのバントじゃなくなるわ。だから、今のうちに次の手を準備しておくのよ! さあ、分かったら、早く投げなさい!」
―― ビュッ ……グニャン ――
―― ビュッ ……グニャン ――
―― ビュッ ……グニャン ――
珠子は、何球もジャイロボールを投げた。その度に、徹子はバットでボールを打った。手に感触は伝わるものの、バットは力なくグニャンと曲がり、ボールはそのまま多澤のミットに収まった。
「どうだい、テツ子? タマ子ちゃんのジャイロボールは、健在じゃないか? これなら、どんなバッターでも、力を入れれば必ずバットが折れてしまうんじゃないかな?」
「そうね……でも。……次は、投げる前に球種とコースをサインで決めてみて!」
「え? サインってホントにやるんですか? だって、投げるボールは1種類しかありませんよ?」
「何言ってんの。これから、タマ子には、変化球を覚えてもらうって言ったじゃない! だから、まずジャイロボールの合図を覚えるのよ!」
それを聞いた多澤は、マウンドに行って珠子とサインの打ち合わせを始めた。
「前にちょっとだけ見せたかもしれないけど、俺が股間で指を使ってサインを出すからな。グーを握ってから最初に出す指が球種だ。今は、ジャイロボールしかないから、グーのあとこうやってこの指を出せば、それだと思ってくれ」
「はい、分かりました! グーの次に……ですね」
「そして、次にパーを出して、手のひらを向けた方がコースだ。下に向けて地面を押すようにしたら低め、上に向けたら高め、左右は俺の両太腿を触るからな」
「コースの見方は分かりますけど、どのくらい高めとか低めとかにすればいいんですか?」
「ああ、それは、ほとんどがストライクコース内でのことだ。ただ、そう言っても難しいと思うから、それはこれまでと同じようにミットを構えたところに投げてくれればいいさ」
「あ、それなら、大丈夫です! でも、ストライクコースからはみ出すときはどうするんですか? 前に、一度投げたような気がするんですけど、あのときは無我夢中でミットに向かって投げただけだったと思うんですけど……」
「お! タマ子ちゃん、よく覚えていたな。オープン戦2戦目で、東京もんじゃの仲畑選手に投げたときな。ボールで誘って、コースギリギリをついて最後は空振りをとったやつだな」
「そうです、そうです!」
「ボールにするときは、こうやって最後に人差し指を曲げるからな。了解したら、軽く頷いてくれ。もし、気にいらないとか、他に投げたいボールがあるときは、遠慮なく首を振ってくれ。俺が、もう一度最初からサインを出し直すから」
「はい、分かりました!」
「うん、そうやって、これからはタマ子ちゃんもコースを意識しながら投げてくれれば、もっと威力のあるボールが投げられるはずだ。……まあ、慣れるまでは、俺のミットを目標にしてくれてかまわないけどな……あはははは」
「タマ子、ちゃんとやりなさいよ。これからは、何種類ものボールを投げるの。しっかり投げ分けられるように、頼むわよ!」
「はい! 了解しました!! タマコ、全力で覚えるであります!!」
真剣な口調に聞こえる珠子の言葉とは裏腹に、珠子の目は嬉しそうに垂れ下がっていたのだった。どうも、頭の中では、新しいロボットの操縦でも覚えようとしているアニメの主人公が浮かんでいるのではないかと……徹子は密かに感じていたのだった。
(つづく)




