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82 第5章第1話 目標は見えた?

「タマ子ちゃん、今日はお雛様(ひなさま)だな~。夜は、どっかでパーティーでもするのかい?」


 3月3日、北白山珠子(きたしらやま たまこ)は、また旭山(あさひやま)ドーム球場に戻ってきたのだ。正式に高校の卒業式も済み、いよいよプロ野球人としての生活がスタートしたのだ。

 寝泊まりは、北海道ミルクファイアースの花﨑(はなさき)ドーム2軍球場敷地内にある独身寮だ。ただ、練習は、1軍球場の旭山ドーム球場へ行っておこなうのである。特に、この球場は、練習の様子を秘密にできる室内練習場も完備されていて、珠子にとっては極秘練習ができるのでとても都合がいい。


 ただ、珠子本人曰く……

『あたし、まだまだ野球のルールや基本があやふやなところがあるから、内緒で練習できるのはありがたいのよね~。だって、見られていると、ど素人なのがバレバレになるんだもんね……』

 ……というわけらしい。



「ええ~? あたし、18歳ですよ。もうお雛様なんかしませんよ~……」


「あら? そうなの? ……せっかく美味しいケーキを準備してあるのに、タマ子はいらないんだ……?」

「え! ケーキですか! ケーキは別じゃないですか! お雛様じゃなくても、ケーキは食べますよね!」

「あはははは……タマ子ちゃんは、食い意地の方はまだまだ子供なのかな?」

「もう~多澤(おおさわ)さんったら~」



「なあ、特に用事がないんだったら、テツ子の買ったケーキを持って、今晩『ラーメン千秋(ちあき)』に行かないか? 俺が、ご馳走してやるから」

「はい! 行きます! あたし、あそこのラーメン大好きなんですよね」

「でも、持ち込みとか大丈夫なの?」


「心配すんな、あそこの若大将は、元ファイアースの選手だったんだ。残念ながら1軍では活躍できなかったんだけど、よく俺と一緒に練習したもんだ」

「そっか……だから、この間も、あんなに混んでたのに、すぐに2階の個室に入れてくれたのね」


「あ、でも、多澤さん? ご家族は、いいんですか?」

「おや? タマ子ちゃん、俺の家族のことを心配してくれるのか? うれしいね~! でもな、一人娘も去年から東京の大学に行っててな、ちっとも帰ってこないんだ。きっと、東京で彼氏でもできたんじゃないかな?」


「そうなんですね……あ、でも、奥さんは?」

「あははは、あいつは、踊りの練習で忙しいんだと。なんだか毎晩、近所の奥さんたちと出かけてるよ」


「ふ~ん……あ、そういえば、テツ子さんは、いいんですか?」

「何がよ?」

「えっと……その……雛祭りのデートとか……」


「? ……べ、べつに、そんなの関係ないわよ! 私には、野球だけなんだから……」

「あははは、テツ子もか……。まあ、俺たち、3人は、仲間だな……あはははははは」

「ふんっ、何が仲間よ!」

「えっと……何の仲間かな? ……あ、そっか、野球の仲間なんだ!」


 珠子だけは、妙に納得した顔をしていたが、突然声を張り上げて、遠くの空を見上げて言った。


「あ~あ! それにしても、ちょっと寂しいわね。1軍のみんな、今は沖縄よね」


 珠子も、最初は沖縄へみんなと一緒に行けると思っていたのだった。とりあえず、飛行機に乗ったことがなかった珠子は、沖縄に限らず飛行機に乗れれば文句はなかったが、卒業式のためにお留守番を言い渡されたのだった。


「そうね……今年は、2軍も一緒に行って練習してるわ。さっき、監督から連絡が来て、向こうは日向なら25度ぐらいあるって。今日も、晴れてて、気持ちがいいそうよ」


「う~ん……いいなあ~。あたしも行きたかったなあ~」

「ま、今年は、秘密兵器だからな!」

「え? 多澤さん、あたしは、秘密兵器なんですか?」


「そりゃ、タマ子ちゃんの投げるボールは、兵器だよな~」

「ふふふ……そうね。あんなにバットをバキバキ折っちゃうんですもんね」


 ちょっと徹子(てつこ)のいう兵器は、意味が違っているような気がした珠子だった。


「新城(しんじょう)監督もな、今年はペナントレースが始まったら、スタートダッシュを決めるから準備をよろしく頼むって言ってたぞ」

「そうよね……準備は、しっかりよね……」


 徹子は、一人で何やら思うところがあるようで、何度も『準備』という言葉を繰り返していた。



 新城監督の伝言をみんなで聞いて、3人は身の引き締まる思いがしたのだった。今年の開幕は、3月29日(金)。相手は、昨年の優勝チームの九州おくらフォーグスである。それも、フォーグスの地元、九州クマノンスタジアムで行うのだ。


「最初は、九州の球場でやるんですよね。……あ、ひょっとして、飛行機で行けるんですか? あ、あたしも、行けるんですよね! 飛行機に乗れるんですよね! わ、わ、わ……えっと、飛行に乗るとき、靴は脱ぐんですか? オヤツを持って乗ってもいいんですか? えっと、それから……」

「ストーーップ、タマ子! 今は、飛行機のことじゃなくて、ちゃんと開幕戦の準備をしましょう!」


 野球とは別なことで浮かれる珠子を徹子は厳しい顔でブレーキをかけた。


「そうだぞ、タマ子ちゃん。監督が言っとったぞ。タマ子ちゃんを開幕戦に出すってな。まあ、先発じゃないから、中継ぎか、抑えだと思うんだけど、しっかり準備をしなきゃあなあ……」

「でも、準備っていっても……」


 そのとき、徹子は目をキラッと光らせて言った。


「タマ子には、変化球を覚えてもらうわ! いい、きっとあのジャイロボールもいつかは打たれるの。でも、次の手を今からしっかり準備しておくのよ、分かった?」


 徹子は、並々ならぬ思いで、珠子のピッチングを向上させようと意気込んでいた。ところが、珠子の方は違う意味で自分の投球に意気込みを持っていたのだった。


「やった~テツ子さんも、あたしのあのボールを『ジャイロボール』って呼んでくれたわ! これで、あたしも……あの星を目指せるのね!」


 珠子は、空を指さし、上空を見上げていたが、なんせ昼間なので星などは見えなかった。ただ、バットをへし折るあの回転軸が地面と平行になるボールを、まるで『魔球』みたいに思って喜んでいたのである。




(つづく)


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