81 第4章第10話 新名称
「ところで、タマコ。キタシロファーム球場にはいつ帰るんだ?」
みんなで昼食のカレーライスを食べながら、父親はそんなことを珠子に尋ねた。
「キタシロファーム球場? ……って、なに?」
珠子は、聞いたこともない場所の名前を聞いて、ポカンとしてしまった。
「あはははは……お父ちゃん、まだ、世間は知らないんだよ! なんでも、ペナントレースが始まったら大々的に発表するって言ってたじゃない!」
「ああ~そうだったな。すまん、すまん、タマコ」
そして、ことの成り行きを母親が話し出した。
「あのねタマちゃん、この間ね、旭山ドーム球場でね、名前の募集を始めたんだよ。なんでも、親しみやすい名前を付けることで、もっとお客さんを呼び込もうって言うんだって。だからね、お父ちゃんが、ウチの農場の名前を付けたらいいんじゃないかって言うので、わたしも賛成したのよ」
「それでな、ウチの農場は『キタシロ農場』だろ」
「ええ、あたし、前に、小学校の自由研究で調べたのよね。『北白山』の名字の最初の部分だけを使って『キタシロ』にしたって」
「そうそう、だからね、この『キタシロ農場』をちょっと、しゃれた風にして、『キタシロファーム球場』って付けたらどうだろうと思って応募したんだよ」
「そんな、簡単に応募とか言ってるけど、あれって、お金がかかるんじゃなかったっけ?」
「なあに、おれの小遣いで十分足りたからな」
「お父ちゃんったら、もうすぐ決めてきちゃったのよね。後で、聞いたんだけど、他の応募者よりもちょっとだけお父ちゃんの出した金額が高かったから、一発で通ったんだって」
「へえ~すごいじゃない! あたし、なんだか家に帰ったみたいな感じになるわ!」
「それだけじゃないんだぞ。ウチの牧場で絞った牛乳や育った牛や豚の肉まで納めることになったんだよ」
「確かに旭山ドーム球場には、たくさんの食堂や売店なんかが入っているわよね」
「なあ、姉ちゃん、今度俺たちもキタシロファームに招待してくれよ」
「何か、美味しいものでもおごって欲しいなあ~」
「ええ~? でも、あんたたちなら、いくらでも食べるでしょ! あたしのお小遣いなくなっちゃうわよ!」
「なあ、姉ちゃん、さっきも聞いたけど契約金とかもらったんだろ? そのくらい、いいじゃんか、なあ、姉ちゃん……」
「あたしはね、最初にテツ子さんからお小遣いをもらっただけよ。まあ、寮に住んでるから部屋代も電気代もかからないし、食事だって賄いのおばちゃんが好きなものを好きなだけ食べていいって言ってくれるから、ほとんどお金は使わないんだけどね」
「それなら、このカードをお前にやるよ。その球場の名前を付けた時に2枚もらったんだよ。キタシロファーム球場内の飲食店でこのカードを見せれば、全部タダにしてくれるってさ」
「え? そんなすごいものもらったの? いいの? あたしがもらっても?」
「構わないさ、お前も何かと物入りだろ」
「あ! でも、利用制限とかあるんじゃない?……あたしね、何かの景品でもらった図書カードでね漫画を買ったのよ。そしたら、3冊目からは少し足りないって言われて現金を払ったのよね……」
「あはははは……大丈夫だよタマコ。このカードは、まあ、1年更新なんだけど、いくら食べても平気だって役員の人が言ってたぞ」
「役員?」
「ああ、北海道ミルクファイアース球団の役員の人だよ。しかも、お前の知り合いなら、一緒に行けば、同じようにタダにしてくれるってさ」
「なんだ~お父ちゃん、家にそんなカードがあるなら、俺たちを連れていってくれよ!」
「そうだぜ、俺たちだって、姉ちゃんの選手としての姿を見てみたいんだよ! ……そして、その合間に美味しいものを食べたいかな……」
「ふん、達也ったら、そっちの方がメインなんじゃないの?」
そんな話で家族は盛り上がり、大笑いをしながらの昼食だった。
そして、次の日、珠子は家族にしばしの別れを告げて、旭山にある……新名称のキタシロファーム球場へ向かったのだった。
(第4章 完 ・ 物語はつづく)




