08 第1章第7話 一球重量
「え? テツ子さんが、キャッチャーをやるんですか?」
グラウンドに現れた徹子は、キャッチャーのプロテクターを着け、キャッチャーミットを持っていた。
「はい、あなたは右利きだったわよね」
徹子は、グローブと野球の硬球を珠子に渡した。
ちなみに、プロ野球で使っている公式球は、重さ約145グラム、直径約7.4センチメートル、芯のコルクとゴムを毛糸で巻き、表面を牛革で包んでいる。縫い目は、108個である。繊細な仕上がりは、すべてのボールに共通している。
「ありがとうございます。…………これを投げるんですか?」
「そうよ。このボールは、試合でも使っている公式球よ。……ふーん、タマ子さん、身長の割には手が大きいのね」
「えへっ、よく言われます。特に、オニギリなんかは、いっぺんに3個は持てますからね、ふふっ」
珠子は、右手を前に突き出し、開いたり閉じたりしながら、微笑んでいた。
「えっと……また、あの遠くの壁に向かって投げればいいですか?」
「なに言ってんの。ピッチャープレートからホームに投げるに決まってるじゃない。それで、私がこんな格好をしてるのよ」
「ええ? こんな近いところに向かって? しかも、徹子さんが受けるんですか? 大丈夫ですか?」
「何よ、大丈夫って!」
「あはははは……タマちゃん、心配いらないよ。テッちゃんはね元ピッチャーだけど、キャッチャーだってできるんだよ。まあ、キャッチャーだけでなくどこのポジションだってできると言ったほうがいいかな……。彼女はね、とっても勉強熱心なんだ……あのまま選手を続けられていたらねぇ……」
「新城監督! それは、もう言いっこなしってことで、今回引き受けたんですよ!」
「あ、ああ……そうだったね。ごめんよ……。ところで、タマちゃんは、その格好で投げられるのかい?」
「そうね、私ばかり着替えてきたけど、よかったら私のジャージを貸すわよ」
「あ、大丈夫です。この間、新城監督に連れられてボールを投げた時もこの服でしたし、高校のボール投げの測定の時もジャージを忘れて制服でやったんですよ! えへっ」
珠子は、どこかに買い物にでも出かけそうな膝丈までのグリーンのフレアスカートにピンクのブラウスに白いカーディガンという装いだった。
「まあ、いいわ。……ところで、ピッチャープレートの使い方は、分かっているのかしら?」
「ピッチャープレート? …………」
「ああ、構わないよ。そんなことは、後でゆっくり覚えればいいからね。タマちゃん、すぐそこに小さい板が横になってるでしょ?」
「ああ、あの小さい山のところにあるやつですか?」
「ええっと……マウンドも知らないのね……。あのう、グローブははめられるのかしら?」
「大丈夫ですよ、テツ子さん。これは、投げる方の手とは逆の手を入れればいいんですよね。飛んで来たボールを受け取るのは、こっちの手だってわかるようにするためですもんね」
「う~ん……なんかちょっと違うような気もするけど……。まあ、いいから、早くそこから投げてみなさいよ!」
「はい、分かりました!」
珠子は、ゆっくりとマウンドに登り、ピッチャープレートの上に両足で立った。
「あの~……ボールを投げる時は、足を動かしてもいいんでしょうか?」
「ああ、大丈夫だよ。タマちゃん、その足元の板は気にしなくていいから、自由に投げてごらん」
新城監督は、キャッチャーとしてしゃがんだ後ろに立って、審判役を行うことになった。
「あの~……」
「まだ、なんか分からないことがあるの?」
「えっと、テツ子さん? あたしは、テツ子さんに向かって投げるんですか? こんなに近いのに……」
「そうよ、思いっきり投げなさい!」
「え? 思いっきり? ええ? 絶対危ないですよ! 高校の体育の先生も、ハンドボールの球拾いをしてた時に、『危ないから投げないで転がせ』って言ったたんですよ!」
「大丈夫だから! 私は、ちゃんとキャッチャーミットをはめてるし! ……(それに、なんであんたのボールが危ないのよ!! もう!)」
「えっと……タマちゃん? この間と同じくらいでいいよ……任せるからね……。テッちゃんを壊さないようにね」
「監督? 何言ってんですか?」
「いいから、いいから。テッちゃんは、前を向いて集中してね!」
「じゃあ、行きますよ~…………」
―― ヒュウウーー……バシッ! ――「イッターイーーー!!」
(つづく)




