07 第1章第6話 タマ子のデータ
「……ところで、新城監督。早くデータを見せてください。この間、データを見れば絶対に私が首を横に振らないとおっしゃいましたよね」
「ああ、データね……はい、これだよ!」
新城監督は、おもむろに一冊のバインダーを徹子に渡した。A4判のプラスティックのバインダーには、数枚の用紙が挟まれていた。徹子は、その1枚目を見ながら、段々と目を見張っていくのが自分でも感じられた。
◆◆◆ 北白山 珠子 トライアウトデータ ◆◆◆
・身長 165センチメートル
・体重 45キログラム
・利き腕 右
・100メートル走 11秒01
・遠投 122メートル
・投球 A(3アウト)※痛い
・打者 C(空振り)※見えない
・守備 C(×)
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「…………えっと、これだけですか?」
「そう、トライアウトでの結果はこれだけ」
「あの~これじゃあプロ野球選手は無理なんじゃないですか?」
「たしかに、このデータだけ見ればね。……僕はね、これを現地で見ていたんだよ。そして、感じたんだ。途轍もない余白をね」
「途轍もない余白?」
「まあ、聞きなさい。……えっと、タマちゃん? あの時、ボール投げをしたよね。どこから投げたか覚えてるかな?」
「ボール投げですか? えっと……なんか下に五角形の白い板があったような気がします」
「え? それは、ホームベースじゃないの?」
「ホームベースって言うんですか? へえ~」
「え? え? 野球に興味はなかったって言ってたけど、ホームベースも知らないの?」
「えへへへっ、すみません」 ―― ペコッ ――
「そんなことはどうでもいいの。そんなの後でいくらでも覚えられるからね。それより、タマちゃんは、どうして122メートルしか投げなかったの?」
「え? 監督? 投げなかった? ……それ、どういうことなんですか?」
「ああ、テッちゃんは少し黙っててくれるかな?」
「ええと、あれより遠くに投げると、フェンスを越えて行っちゃうので、計るのも大変だし、ボールを拾いに行く人も大変かなって……それで、ちょうど奥のフェンスにぶつかるところで止めたんです」
「え? じゃあこれって、ホームから外野フェンスまで投げたってこと? それに、投げようと思えばもっと遠くに投げることができたの? タマ子さん」
「ええ、まあ……」
「テッちゃん、そこで、2枚目を捲って見て欲しいんだけど……」
◆◆◆ 北白山 珠子 ハンドボール記録 ◆◆◆
1年 40.15メートル
2年 44.25メートル
3年 45.55メートル
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「わっ、何これ? 高校生の時のハンドボール記録って……あ、45メートルだって! おっかしいわ、これ。ハンドボールって、野球ボールの3倍くらい重いし、大きさだって大きいの。高校女子の平均で14~15メートルぐらいのはずよ。それを45メートルも投げるなんて」
「えへへへ、いつも測定の先生に怒られたの。お前のだけ遠くに行くから時間が掛かるって……だから、3年の時は、少し手を抜いちゃった、えへっ」
珠子は、またも照れて頭を掻きながら笑っていた。
「それにな、このトライアウトの結果のところに書いてある※印を見て欲しいんだけど」
「……『痛い』? ですか」
「後で、ボールを受けたキャッチャーに聞いてみたんだよ。そしたら、そのキャッチャーが言うには、そんなにボールは速くはないんだけど、ミットに収まったら、物凄く痛みを感じたんだって」
「コントロールが悪くて取りにくかったということですか?」
「いいや、違うな。僕は、3人の打者と対戦する様子を全部見ていたんだ。3人とも、難なくバットに当てたんだ。ま、それだけ、ど真ん中に投げていたってことだ。それでも3人ともアウトになったのは、いずれもボールがバットに当たった瞬間に折れたんだ。そして、ボールはセカンドフライになった。3人目の打者は、1球目を見送ったんだけど、キャッチャーが受けたのはその1球だけなんだよ」
「じゃあ、その1球が凄い印象に残ったってことですか?」
「ああ、そうじゃないかと思うな。『痛い』なんてことが、結果表に記載されるんだからね」
新城監督は、話しながらますます目尻が下がってきた。珠子のことを言えば言うほどに嬉しく……いや、楽しくなっていくようである。
それに反し、徹子はだんだんと眉間に皺が寄るのが分かった。聞けば聞くほど、不思議なことがあり、どうしてそれが珠子のプロ野球入団につながるのか、今一つ分からなかったのだ。
「……。監督、私が受けてみます。タマ子ちゃんの球を、私が受ければすべてが分かるってことですよね。今から、すぐにグラウンドへ行きましょう。いいわね、タマ子さん」
「さっすが、テッちゃん。そう来ると思って、グラウンドはもう準備してあるんだ。自主トレの選手やドラフトルーキーたちには、みんな1軍の旭山球場に行ってもらった。こっちは、誰もいないんだ」
満面の笑みの新城監督、眉間に皺が寄りまくりの徹子、何が何だかよくわからない珠子の3人は、すぐ横にある2軍グラウンドの花﨑ドームへ向かったのである。
(つづく)




