78 第4章第7話 投げたボールの正体
「……ただいまあ~」
「あ! 姉ちゃん、待ってたよ!」
「さあ、今日は、姉ちゃんが主役だよ!」
その日の夕方、珠子が家に帰るともう夕食の準備ができていた。卒業式は、午前中には終わったのだが、その後クラスのみんなとお別れパーティーなどをやっていたのだ。市内のカラオケ店で、みんなで楽しく過ごした。
家に帰っても、茶の間のテーブルにはたくさんのご馳走が並んでいた。お寿司やオードブルに、母親手作りの味噌汁もあった。ケーキやプリンなどのデザートもたくさんあった。
「わ! 何? これ? お正月のご馳走みたい!」
「何、言ってんのよ、今日は、タマちゃんの卒業式でしょ! もう、お正月以上じゃない!」
母親は、嬉しそうにご馳走が乗ったテーブルを前に、早く珠子に座るように促した。
「タマコ、卒業おめでとう! そして、ファイアース入団おめでとう!」
父親の掛け声で、大人はお酒を、子供はジュースで乾杯をして夕食が始まった。珠子にとって久しぶりに家庭で過ごす楽しいひと時であった。
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「ところで、姉ちゃん。いつ、フォークボールなんか覚えたんだよ?」
「え? フォーク……? あたしは、お寿司は箸で食べるけど?」
「違うよ、ナイフとかフォークの話じゃなくて、投げるボールの話だよ!」
「投げるボール? あたし、そんな危ないものなんか投げないわよ!」
「もう~まったく、姉ちゃんはホント野球の話が通じないんだからな!」
「よく、これでプロのピッチャーが務まると思うと、びっくりしちゃうぜ!」
弟の達也と和也は、半分呆れ気味で姉の珠子を見た。
「もう、あたしはね、野球素人のプロ野球選手なの! そのへんは、監督も認めてくれてるわ。だから、ちゃんと個人コーチだってついてるんだからね!」
「うっへえ~……姉ちゃんって、そんなに優遇されてるの?」
「それじゃ、専属キャッチャーとかもいるんじゃないの?」
「もちろん、いるわよ! 多澤さんっているおじさんなだけどね。すっごい野球に詳しいのよ。それにね、チームのみんなからすっごい尊敬されてるみたいなの。みんなね、親分って呼んでるのよね。新城監督だって、親分って言って頼りにしてるのよ!」
「ぶっ……え?」
その話を聞いて、真っ先に父親が、食べてたものを危うく吹き出しそうになってしまった。
「おいおい……タマコ。その多澤さんって人は、『多澤啓司』っていう人か?」
「あれ? お父ちゃん知ってるの?」
「知ってるも何も、多澤啓司って言えば、北海道ミルクファイアース一筋の超ベテランキャッチャーだった人だぞ! 神様みたいな人だよ。……まだ、引退してなかったんだなあ~」
「えっとね、引退はしてたんだけど、球場にはいたみたいなの。でもね、今年、あたしの専属のキャッチャーになったから、一緒に試合に出れるみたいよ。この間もオープン戦で、あたしのボールを受けてくれたのよ」
「おお! そりゃ、すごいなあ~。タマコ、お前も多澤さんに迷惑かけないように頑張れよ!」
「もちろんよ! そんなのお父ちゃんに言われなくても分かってるって!」
「ところでさ、さっきの話に戻るけど……今日学校で投げたあのボールさ、俺の目の前で落ちたんだぜ! あれは、変化球でフォークボールって言うんだよ」
達也は、野球のボールを持ち出して、目の前で珠子が投げたボールの軌跡をなぞって見せた。
「はあ~……そういえば、ちょっといつも投げてる握り方じゃなかったかも。昨日から、コーチのテツ子さんに、こうやってボール握る練習をしなさいって教わってるのよ」
珠子も、そう言ってポケットからボールを取り出して、その握り方を見せた。
「あ! その握りは、やっぱりフォークボールだよ!」
「へえ~……じゃあ、今度、テツ子さんが教えてくれるのは、そのスプーンボールなのね」
「姉ちゃん、違うって! スプーンじゃなくてフォークだよ! もう、ホントに、野球素人なんだからな!」
そんな話をしながら家族は大笑いをしていたが、父親がおもむろにテレビの天気予報を見て言い出した。
「明日は、晴れるみたいだな。どうだ、お前たちで、今日のやり直しをしてみたら?」
「やり直しって?」
「その、卒業式でタマコが投げて、達也が打ったっていうやつをさ。俺は、そのタマコがいつも投げてるバットが折れるような投球ってのも見てみたいなあ~」
すると、母親も賛成して、言い出した。
「いいわね。わたしも大賛成よ! 家の裏の畑なら、雪はもう溶けてるわ。まだ、何も植えてないから、思う存分できるわよ! あした、わたしがあそこにマウンドを作ってあげるから、もう一度あなたたちで勝負しなさいな!」
「え? お母ちゃんが、マウンドを作るの? 作れるの?」
「あははは、タマコは知らないからな。お母ちゃんは、昔、高校の時、野球部のマネージャーだったんだぞ。タイヤショベルを使ってな、上手にマウンドを作ってたなあ~」
「そうよ、わたしがいつも家で乗ってる小型のタイヤショベルがあるじゃない。あれで、十分なの。朝イチで、作っておくからね。太陽が出れば、お昼には乾いて丁度いい硬さになると思うわ。任せてちょうだい!」
母親は、笑顔でVサインを出したのだった。
(つづく)




