76 第4章第5話 姉弟対決!
「…………(眠いなあ~……まだ、喋ってるよ……あ~あ~……)」
高校生の卒業式は、珠子にとってあまり楽しいものじゃなかった。小学校や中学校のように、一人ずつ卒業証書をもらうわけでもなく、かといって代表になるような珠子でもなかった。歌だって、校歌を歌うぐらいだった。珠子は、運動部でもなかったので、表彰式で流れる校歌のような思い入れもない。珠子にとって、日常で校歌を聞いたり歌ったりすることなど、ほとんどなかった。
「(誰? あの人……)」
代表の子に卒業証書が渡され、校長や何人もの知らないおじさんのお話を聞かされた。耳には入ってくるけど、珠子にとってはあまり意味のあるお話ではなかった。
「(……よいっしょ……ん! ―― ぎゅっ ―― ……これで、いいのかなあ~……)」
珠子は、右手だけポケットに入れて、ただひたすら野球ボールを握りしめていたのである。半分、徹子からの宿題のような感じで、指定された指を曲げたり伸ばしたりしながら、何度もボールを握り直していたのだった。
卒業式も後半になり、在校生代表の送辞と卒業生代表の答辞が読まれた。
普通なら、これで卒業式が終わり、卒業生が退場するはずである。珠子は、ようやく終わるだろうという安堵感のもと、椅子に座ったままちょっと背中を伸ばしてみた。
すると、体育館の入り口から野球のユニフォームを着た子たちが駆け込んできた。待っていたかのように司会の教頭は、マイクを取り何やら指示を出し始めた。
『先にお願いしたように、体育館の中央をお開け下さい』
教員数名が、保護者席や卒業生席に散らばり、テキパキと指示を出している。
『え~……卒業生の北白山珠子さん、舞台中央にお上がりください!』
「え? あたし? 舞台に上がるの? なんで?」
「ほら、タマ! 早く早く。がんばってね!」
隣に座っていたエリに背中を押されるようにして、わけも分からず珠子は、舞台に登る階段に足を掛けた。
そこは、先ほどまで校長先生たちが、挨拶をしていた場所だ。珠子が、舞台に上がってみると、先ほどまで中央に置いてあった大きな演台は片付けられ、その代わりに舞台中央には大きなマットが敷かれていた。
司会の教頭先生に言われるまま、珠子はそのマットの中央部まで歩いて行った。後で聞いたのだが、そのマットは、野球部が冬季間体育館で練習する時に、滑り止めとして使っているマットだった。
体育館の床に密着し、その上で走ったりジャンプしたりしても、決して滑ったりしない造りになっていた。
いつの間にか、そばには校長先生がきていて、マイクを持って珠子に話しかけてきた。
「北白山君、北海道ミルクファイアース入団、おめでとう! 本校開校以来初めてのプロ野球選手誕生だよ! 今日は、ぜひ、君の雄姿を卒業式のお祝いとしてここで披露できるように場をセッティングしたんだ。ぜひ、思いっきりやってくれたまえ!」
「え? ええ? ……」
珠子にとっては、なんの打ち合わせもなく始まったこの出来事。無下に断るわけにもいかないと感じたが、何をどうすればいいのか分からなく途方にくれかけたとき、一人の野球部員が、珠子にピッチャー用のグローブと白い硬球を手渡した。
そして、体育館の中央では、珠子を呼ぶ声が響き渡った。
「姉ちゃん! 思いっきり投げてくれよ! 俺が、しっかり打ち返してやるからよ!」
「ちょっと高いけど、そこがマウンドだと思って、そこから全力で投げてくれ!」
そう言って木製バットを構えたのは、兄の達也だった。そして、その後ろで、キャッチャーのプロテクターを身に付けしゃがんでいたのは、弟の和也であった。
「ええ? あんたたち、何やってるの!」
「姉ちゃん、いいから、いつも枕を投げてるように、剛速球をぶちかましてくれ! 今日は、俺がはじき返してやるからよ!」
すると、体育館は、大きな拍手と歓声に包まれていった。体育館の中央を開けて、両端へ退避した卒業生や保護者、それに卒業式に呼ばれた来賓たちは、みんなが珠子の投球を期待していた。
『それでは、北白山君! よろしくお願いいたします!』
司会の教頭先生にそう言われると、もう後戻りはできないと観念した珠子は、舞台の中央から体育館フロアの中央に陣取っている達也と和也の方を向いて、セットポジションをとったのである。
卒業式ということで、セーラー服にスカートといういでたちのため、珠子はあまり動きが大きくならないセットポジションを選んだのだ。
いつもより、高めからの投球ではあるが、距離はいつものピッチャープレートからホームベースまでと同じように見える。
「(あの子たち、あらかじめちゃんと計っていたのね……やるじゃない!)」
珠子は、ボールを握り、右手を素早く引いた。合わせて、グローブをはめた左手に反動をつけるように後ろに振りながら、右手の指先を使ってボールに回転を加えた。
「これが、あたしのジャイロボールよ!」
球速はそんなに速くはないが、珠子の投げたボールは、キャッチャー和也のミット目がけて真っすぐに突き進んでいった。
「よし! きた!」
目を輝かせた達也は、そのボールを目がけて、バットに力をこめて思いっきり振った。
(つづく)




