75 第4章第4話 また、会える!
「こら~お前ら! うるさいぞ! 他のクラスの奴は、帰った帰った! ちょっと早いけど、G組はこれから学活だ! ……お前らも、自分の席に戻れ!」
珠子を一目見ようと集まった生徒を押しのけて教室に入ってきたのは、3年G組の担任だった。つまり、珠子たちの先生である。そんなに歳はとっていないが、それなりのベテランである。
「おう! タマ子! プロ野球生活、上手くやってるみたいだな! ……ん? どうした?」
珠子の困った顔を見て、担任が話しかけた。
「えっと……みんなが、サインして欲しいって……」
「お? そうか、タマ子もサインをねだられるようになったのか! ……ん? お前、もうサインとか考えたのか?」
「そ、それが、サインなんて思いもつかなかったんです!」
「そりゃ、そうだろうな……まだ、プロ野球の公式試合は始まってないしな。……ん? じゃあ、球団の広報とかから、サインの許可は出てないんじゃないか?」
「広報? サインの許可? ……????」
珠子は、まったくの初耳だった。担任から話されたサインの許可などということは、徹子からも聞いたことがなかった。
「あ~そうかそうか。プロの世界っていうのは、そういうもんだ! 卒業式が終わって、球団に戻ったら、サインの相談をちゃんとしてから、みんなにサインしてやれ! …………いいか、みんなも、今は、サインをねだったりしちゃいかんぞ! サインをねだるなら、ちゃんと試合を見に行ってからだ! 分かったか!」
担任は、珠子も知らないような話をどんどんしたと思ったら、サインでごった返していたこの場の空気をアッという間に静めてしまった。
廊下で黒山の人だかりになっていた他のクラスの子たちは、しぶしぶ教室に戻っていった。珠子のクラスの子たちも、みんなボールとマジックは片付けて自分の席に着いた。
すると、担任が珠子のそばに来て、小さな声で話しかけたのだ。
「……ま、実際のサインはどんな約束になってるかは知らんがな。もう少し、落ち着いてからのサインでもいいんじゃないかな……」
担任はそう言うと、ニヤッと笑って、すぐに教壇のところに戻って行った。
実際に、野球選手のサインがどんな約束で行われているかどうかはよく分からないが、担任はうまく状況を収束し、取り囲む集団から珠子を解放するための方便だったようだ。
「タマ、ごめん。……わたしも、サイン欲しいなんて言っちゃった。……それとね……あのね、今度、わたしもね、ちゃんと球場で会ったら言おうと思ってたんだけど……」
「え? エリ? どうしたの……エリだったら、内緒でサインあげるわよ!」
「ううん……あのね、サインだったら、あたしもね……」
「エリも……サイン?」
「うん……わたしもね、ファイアースガールとしてね、働けるのよ!」
「え? エリが……? でも、この間の採用試験では、不合格だったって……」
「あのね……、その後、補欠合格の通知が来たの! 補欠だから、毎回必ず出番があるとは限らないの。それにね、ファイアースガールだけじゃなく、球場の中なら、なんでもやらなきゃならないんだって。しかも、手が足りない時だけね。アルバイトみたいなものよ。 あたしは、旭川の大学に行くから、学校の空き時間に球場でいろんな仕事ができるんだったら、かえっていいかなと思って決めたの。野球で言えば、2軍みたいなものかな?」
「ホント! あ、でも、いいの? 前から、ずっとファイアースガールになりたいって言ってたのに、アルバイト感覚で……?」
「えっとね、今回、大学も合格したの。だから、球場でのアルバイトの方が都合いいのよ。だって、その方が将来の役に立つと思うのよね」
「そっか、そうだよね……エリが合格したのは、教育大学だもんね。将来は、学校の先生だし、きっと球団で働くことは教師にとって、とっても役に立つと思うわ!」
「ありがとう、タマ! ……だから、わたしね、もうしばらくは、タマの近くにいれるのよ! がんばってね、わたしも頑張るからさ!」
「うん! ありがとう、エリ!」
珠子と智恵里は、これからも続いていく2人の交流を思い浮かべながら、手を取り合って喜んだ。
担任は、その後、今日の卒業式の流れなどについて話し出した。
(つづく)




