74 第4章第3話 有名人?
「じゃあ、俺たちは準備があるから、また後でな!」
そう言うと双子の弟たちは、野球部の部室がある方に走って行った。
「後で、わたしも行くからね。あんたもしっかりおやり!」
母親は、卒業式に出席予定だったので車を駐車場に置きに行った。珠子は、そのまま生徒玄関から久しぶりの校舎に入り、2階の教室に向かった。
4階建ての校舎は、1階が特別教室、2階が3年生、3階が2年生、4階が1年生の教室になっている。珠子は、3年G組だった。どの学年もI組まである10クラス編成だった。全校生徒は1200名を超えていたが、今日の卒業式に出席するのは、卒業学年と代表で送辞を読む生徒だけだった。
ただ、弟たちの話によれば、野球部の生徒が特別に集められているということだったが、今までにそんなことは聞いたことがなかった。
「……あ、」
車から降りて、珠子は、コートのポケットにボールが入っていることに気がついた。ここは、旭川。3月1日が高校の卒業式と決められている。まだ、グラウンドには雪が残り、朝晩は冷え込む日も多い。従って、珠子も制服の上にコートを羽織っているのだ。
「そういえば、テツ子さんが、これをずっと握ってなさいって……」
昨日、徹子と別れる時の会話を思い出した。
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「タマ子、どうせ、卒業式の間は暇でしょ。この野球ボールをポケットにでも入れて握ってなさい……いいわね。……えっと、この指とこの指で挟むようにしてね……分かった!」
「え、ええ……こうね!」
「そうそう。そうやって、ボールが抜け落ちないように握るの。制服のスカートのポケットにでも入れておけば、目立たないでしょ」
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珠子は、コートのポケットから、真新しい野球の硬球を取り出し、スカートのポケットに移した。
―― ガラガラ ――
珠子が戸を開けて教室に入ると、一瞬こちらを見る視線をいくつも感じた。
「あ! タマ! オハヨ! こっち、こっち!」
すぐに手を振って呼んでくれたのは、大の仲良しだった滝屋智恵里だった。
「久しぶり! エリ!」
珠子も嬉しそうに智恵里のところに寄っていった。席は、ちょうど隣同士だったので、お互いに椅子を向き合わせて話し出した。
「何が、久しぶりよ! この間まで顔を合わせていたじゃない! ふふふ」
「そっか……そうなんだよね。会えなくなって、まだ1ヶ月ちょっとしか経ってないんだ」
「ま、タマにしたら、いろんなことがあったんでしょ。活躍もしてるみたいじゃない! 嬉しいよ~」
「やめてよ、エリ。あたしは、まだまだなのよ。活躍なんかしてないったら!」
「おや? そうかな? ……見たわよ、5打席連続ホームラン! クラスのみんながね、携帯メールで連絡を回してたわよ!」
「え? いつから、そんなグループ組んだのよ!」
「そっか、タマには、連絡がいってないんだ。……まあ、しゃーないか、あんた携帯電話にも出ないからね」
「携帯? ……あ! ああああ! こんなに、不在着信が入ってる!」
「え? あんた、今まで見なかったの?」
「だって~……毎晩、テツ子さんが、特訓だからって言って、電源勝手に切っちゃうんだもん……」
「へえ~……大変そうね~……。大丈夫なの?」
「あ、それは、平気なの。練習の時は、携帯は持たないし、必要な連絡は全部テツ子さんがやってくれるから、あたしの携帯は部屋に置きっぱなしだし……」
「あははは……タマらしいわ。ところで、そのポケットの中身は、ひょっとしてボールじゃないの?」
「え? あ、これ? ……うん、まあね……」
「やるわね、タマ。あんた、わたしにサインボールを持ってきてくれたのね!」
「え? サイン? ……えっと、こ、これは……」
すると、そこへ学級委員の荒川が近寄ってきた。
「た、珠子さん……あの~これ!」
荒川が差し出したのは、新しい野球ボールと黒のマジックペンだった。
「あ! 委員長、ずるいぞ!」
「俺も!」
「あたしも!」
「タマちゃん、お願い、サインちょうだい!」
委員長の荒川が、珠子にサインを頼むのを見て、クラス中のみんなもボールを差し出してきた。
「……タマ! 見て、廊下! あ、わわわわ……たいへん!……」
智恵里が指さす廊下には、いつの間にか黒山の人だかりができていた。しかも、みんな、真っ白い野球ボールとマジックペンを持っていたのだ。
「わわわわわわわ…………」
珠子は、驚いて何も言えなくなってしまった。
(つづく)




