73 第4章第2話 弟たち
―― ドンドン ドンドン ――
―― ドンドン ドンドン ――
「姉ちゃん! 起きろよ!」
「早く起きないと、遅刻するぜ!」
「……う、ああ、あ…………あ! いっけない!」
部屋の戸を叩く双子の弟の声で目を覚ました珠子は、慌ててベッドから飛び起きた。
「「入るぜ! ……」」
―― バフッ! ――
―― バフッ! ――
すぐに2人には、珠子の重い枕が直撃した。
「こら! お前たち! いつも言ってるっしょ! れでぃの部屋に入るのは、許可をもらってからだって! も~」
「何言ってんだよ、俺たちがこうやって毎朝起こしてやってるから、枕を投げられるようになったんじゃないか!」
「ふんっ、何が『おかげ』よ?」
弟たちは、姉の珠子が投げた枕を受け止めてから文句を言い出した。
「だってよ、姉ちゃんがピッチャーできるのは、俺たちが毎朝こうやって的になってやったからだろ!」
「そうだぜ! あの重い姉ちゃんの枕を受け止める俺たちの身にもなってくれよ」
弟は、手に持った枕を振り回しながら言った。
「何が重い枕よ。ちょっと中身が小豆だっていうだけじゃない! せいぜい2キロぐらいじゃない!」
珠子は、自分の枕の中身を家で取れた小豆に変えているのである。珠子は、毎年、その小豆を入れ替える時、古い小豆で餡子餅を作って食べるのが大好きだった。
「だってよ、その2キロの枕を毎日一個ずつ俺たちにぶつけてたんだぜ!」
「しかもよ、左右両手で持って、いっぺんにぶつけるんだもんな。コントロールも付くよな!」
珠子の投げる枕は、確実に双子の弟の顔面に直撃していた。
「もう、いいから早く部屋から出ていきなさい!」
「それより、姉ちゃん、早く支度しないと遅刻するぜ!」
「もう、分かってるわよ。……ところで、あんたたちは、お休みでしょ? 何、こんな早起きしてるのよ?」
「あ、えっとな、他の在校生はお休みなんだけど、俺たち野球部は、卒業式に参加になったんだよ」
「え? まさか、あんたたちが送辞とか読むんじゃないでしょうね?」
在校生で卒業式に参加するのは、その年の代表で送辞を読む生徒だけだった。
「違うよ、姉ちゃん。全部、姉ちゃんのせいなんだからな!」
「本校初のプロ野球選手としてスカウトされた卒業生の北白山珠子を応援するために、俺たち野球部が集められたんだよ!」
「え? ええ! ……あたしって、そんなに有名になってるの?」
「あったりまえじゃん! プロ野球選手だぜ!」
「しかも、すぐに1軍登録ときたら、もう、ファンだっているんだからな」
珠子は、自分の置かれた立場が分からず、びっくりしたようだった。
「何よ、ファンって?」
「俺なんか、クラスの男子から姉ちゃんのサインをもらってこいって言われてるんだよ!」
「俺は、学食のおばちゃんに色紙持たされたんだぜ!」
他にもサインをねだってきた人たちが大勢いたようで、珠子の校内人気はうなぎ上りだった。
「え? ええ! ホント?」
「ところで、あんたたちは、高校1年でしょ? 野球部に入ったの? 中学の時は野球部じゃなかったじゃない!」
「そうさ、俺がサッカー部で……」
「俺は、バレー部だよ!」
2人とも身長が高く、筋肉もあり、どちらかというとスポーツマンタイプだった。
「そうよね……兄貴の達也がサッカーで、弟の和也がバレーボールだったわよね」
「仕方ないじゃん、母ちゃんが高校に入ったら絶対野球やれって言うんだもん」
「母ちゃんは昔から野球部に入って欲しかったんだと思うよ」
「だってな……」
「おお、だってよ……」
「確かにね……。お母ちゃんの名前は『ミナミ』っていうんだけどさ。……なんか、昔にそんな話も聞いたことがあるけど、あたしは『タマコ』だから、あたしには野球の話とかは全くしなかったのよね……。おかげで、あたしは野球のルールとかまったく知らなくて……」
母親は、野球ファンというより、どちらかというとアニメファンだったのかもしれない。
「そっか……姉ちゃん、テレビで野球とかも見ないもんな」
「ひょっとして、今、プロ野球選手になんかなっちゃって、苦労してるんじゃないか?」
ちょっと心配そうな顔をして聞いてくる双子の弟を、笑い飛ばした珠子だった。
「あははは、それは大丈夫よ! なんか、ルールを知らないせいで、のびのびできるような気がするの。それにね、親切なコーチがいて、優しく教えてくれるのよね!」
『あんたたち、何やってるの? 早く支度しなさいよ!』
階下からの母親の声に、姉弟たちは、声を揃えて返事をした。
「「「は~い! 今、いきま~す!」」」
★珠子を起こす双子の弟たち
(つづく)




