71 第3章第31話 タマ子の楽しみ?
「あの~……どうして、あたしは沖縄に行けないんですか?」
しょんぼりとした顔で、珠子は新城監督に質問をしていた。昨日、5打席連続ホームランを放った珠子は、明日から沖縄で行われる短期キャンプに行けることが、ご褒美のように思えて楽しみにしていたのだった。
ところが、次の日の練習で集まったとき、相変わらず笑顔の新城監督は、珠子に旭川での居残りを告げたのだった。
「え? タマちゃん、忘れちゃったのかい? 明日は、タマちゃんにとって大事な高校の卒業式だよ」
「あ! そういえば、そうでした!」
慌てて、珠子は事務所の壁にかけてあったカレンダーに目をやった。
「タマ子ったら、卒業式は大事でしょ!」
事務所には、新城監督と珠子の他、徹子と多澤も同席していた。
「そうだぞ、高校の卒業式っていうのは、一生に一回だ。それに、親しい友だちとも会えるんじゃないか? ペナントレースが始まれば、各地の球場へも遠征に行かなきゃならないんだ。忙しくて友だちに会える暇もなくなるぞ」
「でも……沖縄が良かったなあ~。あ、別に沖縄じゃなくてもいいんだけど……飛行機に乗りたかったのよね~。あたし、まだ、飛行機に乗ったことがないの」
「え? タマ子、高校の修学旅行は飛行機じゃなかったの? 京都へ行ったんでしょ?」
「それが……ちょうど修学旅行のとき、病気になって入院しちゃったの」
「え? 病気? どこか具合が悪かったのか?」
心配そうに多澤が尋ねると、珠子は、少し恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。
「えっと……盲腸になっちゃって……」
「はあ? 盲腸?」
「どうせ、タマ子のことだから、焼肉でも食べすぎたんじゃないの?」
「あ、ひどい! テツ子さん。あたしは、そんなに大食いじゃありませんよ! ちょっと畑のスイカを食べすぎただけですよ」
「スイカ? いったい幾つ食べたのよ?」
「えっと……5つばかり。あ、でも、お医者さんが言うには、スイカの量じゃなくて、種がちょっと盲腸の入り口に詰まってたって……」
「確かに5つも食べればね……種を出さずに一緒に飲み込んでたんでしょ?」
「え? テツ子さんは、スイカの種は食べないんですか? あれ、パリッと硬くて美味しいんですよ!」
そんな話を笑いながら聞いていた新城監督だったが、今後の大まかな予定を話し出した。
「来週からは、同じパ・リーグの球団と何試合かある。まず、沖縄では、昨年の日本一になった九州おくらフォーグスだ。そして、次の週には、四国で徳島すだちスッパイーズとだ」
「え? スッパイーズも、昨年パ・リーグ2位のチームじゃないですか」
「さすが、テッちゃん、詳しいね。……そう、この2チームに勝てないと優勝はない」
「それじゃ、やっぱりタマ子が試合に出なくていいんですか?」
徹子は、オープン戦の残り2チームとの試合での珠子の活躍を思い描いていたのである。ところが、多澤は、首を横に振って言った。
「俺なら、残りのオープン戦には、タマ子ちゃんを出さないなあ~。……きっと新城監督もそのつもりなんじゃないのかい?」
「お! やっぱり親分だね~……野球というものをよく分かってる」
「え? どうしてなんですか? 私にはさっぱり分からないわ」
徹子は、この時期に珠子が試合に出ないことの意味がどうしても分からなかった。すると、新城監督は、隣に座っている珠子の肩を軽く叩きながら宣言した。
「タマちゃんは、うちのチームの秘密兵器さ! 彼女の活躍は、きっとチームを一段覚醒させてくれると思うんだ。でも、その活躍の本番は、オープン戦じゃない。ペナントレースが始まってからなんだよ。そのためには、もっともっとたくさんの武器を身に付けなきゃならない。ペナントレース開始まで、あと2週間。最後の仕上げを頼むよ!」
新城監督はそう言うと、珠子を始め、徹子や多澤を熱い眼差しで見回した。
「じゃあ、タマ子ちゃんの卒業式が終わったら、また特訓だな。いいな、テツ子!」
「はい、多澤さん!」
「(えへへへ……卒業式か。何着て行こうかな? あ、そうだ、このファイアースのユニフォームを着て行こうかな……ふふふふ)」
「タマ子? ……何笑ってるの?……あ、ひょっとして、卒業式にユニフォームで行こうとか思ってないでしょうね! ダメよ、ちゃんと高校の制服で行きなさいよ!」
「え? (うっわ! テツ子さんったら、あたしの思ってること、丸分かりじゃない?)」
(第3章 完 ・ 物語はつづく)




