69 第3章第29話 盛り上がるベンチ
「やった~おめでとう! タマ子ちゃん!」
「凄いぜ! タマ子ちゃん!」
「まさか、ホームランを打つとはね~!」
ホームベースを踏んでベンチに帰ってきた珠子は、みんなにもみくちゃにされた。選手たちは、口々に賞賛の言葉を浴びせ、ハイタッチを交わしている。北海道ミルクファイアースのベンチは、いきなり最高潮を迎えたようだった。
「それにしても、よくホームランを打てましたね」
喜代宮は、不思議そうに珠子に声をかけた。すると珠子は、慌てて弁解を始めた。
「違うんです! あたしは、ホームランを打とうなんて思ってませんでしたよ。ただ、ゆっくりボールのコースを見極めてから、バットをボールにぶつけただけです。決して、バットを振ったわけじゃありませんから!」
「そっか、タマ子ちゃんは、ボールの軌道を確かめるために、最初からバットを振るんじゃなくて、まずじっくりボールを見てたんだね」
「そっか! じゃあ、俺もただバットをぶん回すんじゃなく、コツンと当たるようにバットをコントロールすればいいんだな!」
千波は、珠子の話を聞いて、自分も真似をしてみようと意気込んで言った。
「馬鹿か? お前は。……あれはな、珠子ちゃんの怪力があってこそのものなんだよ!」
多澤は、勘違いを起こさないように、珠子のバッティングについて説明を始めた。
「まず、タマ子ちゃんは、ものすごく目がいいんだ。だから、ピッチャーの手からボールが離れるときに、どんな握り方をしているかが見えるんだ。握りが見えたら、コースを予測するのがとっても楽になるんだ。次に、タマ子ちゃんは、力がものすごく強いんだ」
「ハイ、ソーデスネ。タマ子ちゃんは、ミーのバットを何本もへし折ってクレチャイマシタ! あんなに重たいボールを投げられるんですから、きっと百万馬力はあるとオモイマスネ!」
最初に珠子に挑戦したエイエスが、まるで自分ごとのように珠子の怪力を自慢した。
「そっか、だから、本人は軽くバットに当てただけだと思っても、ボールには相当な力が加わっていたんですね」
「お、さすがバッティングコーチのヨコちゃん! よく分かったな。でもよ、俺も、最初は例えバットにボールが当たってもそんなに飛ばないだろうと思ってたんだよ。せいぜい、上手くいって内野の頭を超えるぐらいだろうってね。ところが、昨日テツ子コーチのボールを打つ練習をしたとき、全部外野フェンスに直撃だったんだよ」
「えっと……あたしもびっくりしたんです。だって、バットは振ってないんですよ。ちょっと……こうやって……ピッチャーが投げたボールに向かって……ちょこんと……バットを持っていっただけなんです」
「まあ、タマ子ちゃんは、テツ子コーチにあらゆる変化球の握り方を見せてもらって、ボールのコースとともに徹夜で覚えたんだろ?」
「えへへへ……だって、テツ子さんったら、覚えるまで寝ちゃダメって怒るんですもん」
「あはははは、そりゃ凄いや! 確かに、すごい力を持ってる珠子ちゃんだからできるバッティングなんだけど、それまでの努力は僕でも分かりますよ。だって、目の下にクマができてるんだもんね。てっきり、今日の試合に向けて緊張して眠れなかったのかと思ったんだけど、そんな特訓もしていたんですね」
喜代宮は、多澤の話を聞きながら、とても感心したように頷いていた。すると、さっきまで笑っていた千波が、真面目な顔でみんなに宣言をした。
「分かったよ! タマ子ちゃんは、自分のできることを頑張って、自分の良さを最大限に引き出したんだ。俺たちは、タマ子ちゃんを見習わなきゃいけないんだ。……でも、見習うのは、タマ子ちゃんの技術じゃなく、自分の良さを最大限に引き出すってことなんだ! ね、親分、そうでしょ? 俺は、持ち前のフルスウィングをもっともっと強くしなきゃならないんだ!」
「ぼくは、足の速さをもっともっと生かして、バントでも一塁でセーフになるようにすればいいんだ!」
「ぼくは、選球眼をもっともっと磨いて、全部フォアボールで出塁できるようになればいいんだ!」
「俺は、どんなボールでも、ヒットにして見せる!」
「俺だって、ホームランをもっともっと打つぞ!」
ベンチにいる選手は、みんなが思い思いの目標を語り出した。そんな様子を見て多澤は、ベンチの端に座っていた新城監督のそばに行き、小さな声で尋ねた。
「監督は、タマ子ちゃんの打ったボールがホームランになるって分かっていたんですか?」
「あははは……、親分、僕にはそんな予知能力はないよ。……でもね、僕がタマちゃんをバッターとして試合に出せば、きっと親分やテッちゃんが何とかしてくれると思ってたよ」
「う~ん……さすが新城監督だぜ。……俺たちも、上手い具合に操られているみたいだな」
「僕だって驚いてるんだよ。他の選手が、あんなに自分の力を伸ばそうと張り切るなんて思わなかったよ。これからの楽しみが、また増えたじゃないか、ね、多澤親分」
新城監督と多澤は、ベンチの端で、2人だけで顔を見合わせ、笑顔を交わしていたのだった。
(つづく)




