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68 第3章第28話 テツ子の心配

「えっと……準備はできましたか?」

「あ、はい。どうもすみません」


「あ、いえ……ひょっとしてバッターとして試合に参加するのは初めてじゃないですよね」

「はい、あたしは、バッターをするのが初めてなんです!」


 遠慮がちに球審(きゅうしん)が声をかけてきたが、笑顔で答えた珠子(たまこ)の頭を平手で叩いて、徹子(てつこ)は言った。


「プロテクターはベンチを出る時にちゃんと付けてきなさいよ! こんなところで、モタモタしてたらみんなに迷惑がかかるでしょ!」

「あたしね、ちゃんと付けてきたのよ。でもね、このおじさんが……」


 珠子が指をさしたのは、ちょっと困った顔をした球審だった。


「こ、こら、珠子。球審になんてことを言うの!」

「だって、肘と足に付けたプロテクターが、逆だって言うんだもん」


「え?」

「あ、あの~北白山さんは、右バッターボックスに入るのに、プロテクターを右腕と右足に付けてたんですよね~。それじゃあ、何の役にも立たないと思って……」


 またもや球審はすまなそうに言うのであった。


「え? だって、あたしは右利きだから、右に付ければいいかと思って……」

「まったく、あんたは。ボールがどっちから来ると思ってんのよ! 右バッターは、左を守らないと何にもならないの!」


 徹子は、そんな珠子を叱りながらも、テキパキと腕と足のプロテクターを着け直し、審判に頭を下げてベンチに戻った。



「いや~タマ子ちゃんって、面白いことをしますね~。打つ前の緊張をほぐすギャグかと思っちゃいましたよ」


 ベンチでは、笑いながら千波選手がそんなことを言ってみんなを笑わせていた。すると、多澤が、千波の背中をちょっと小突きながら文句を言った。


「お前、気がついてたんなら早く教えてやれよ! みんなもだぞ、タマ子ちゃんは、まだ野球ってもんをあんまりよく分かってないんだ。お前らがしっかり面倒みてやんないでどうするんだよ!」


「あれ~多澤親分、まるで孫の心配をするおじいちゃんみたいじゃないですか?」

「アッタリ前田のクラッカーだよ! タマ子ちゃんは、孫娘より大事なんだよ! いいか、お前ら、タマ子ちゃんを泣かすなよ!」


「分かってますよ! 俺たちは、ちゃんと試合に勝って、絶対にタマ子ちゃんを笑顔にしてみせますから!」


 厳つい顔で激を飛ばす多澤(おおさわ)の言葉だったが、千波(せんなみ)を始め、ベンチにいるすべての選手は、しっかりと受けとめて優しいまなざしを珠子に向けていた。





 “さあ、ファイアースの1番バッター北白山(きたしらやま)です。ピッチャー、第1球投げました”


 ―― ストライーク! ――


 “お、バットを振らんかったな。今のは、内角ギリギリの真っすぐやったな”






「タマ子ちゃん、大丈夫かな? ボールが速くてバットが出ないんじゃないのかな?」

「お前じゃあるまいし、心配するな! あれはな、ボールのコースを見てるんだよ」


 ベンチにどっしり座った多澤は、千波の心配をよそに笑顔で解説した。今日は、キャッチャーの出番はないので、珠子の解説が自分の役目だと思っていたのだ。





 “第2球目、投げました!”


 ―― ボール ――


 “今度は、フォークやな。ちょっと落ちすぎたんや。このピッチャーのフォークは、よう落ちるからな~。初見じゃ、なかなか打てないやろ。……でも、ようバットを振らんかったな”






「あ、今度は、フォークボールだ! タマ子ちゃん、変化球は打てないんじゃないかなあ~」

「ふん、そんなことはないぜ! タマ子ちゃんは、ピッチャーの手元が見えるんだよ。これで、あいつのフォークの握りを覚えたはずさ。……たぶん、今度は打つぜ!」






 “ピッチャー振りかぶって、第3球目、投げた!”


 ―― カッキーン! ――


 “伸びた~伸びた~……どんどん、ボールが外野を超えて、……入った、入った……ホームラン! やりました、北白山、先頭打者ホームランです! 岩木さん、すごかったですね”

 “あれは、ちょっと低かったけど、ツーシームやったわ。ボールのスピードも149キロと速かったけどな~……あれを打つんや……”


 “おーっと、北白山、バッターボックスから動きません! どうしたのでしょうか?”





「こら~! タマ子! 走れ! 1塁へ向かって走るのよ!」

「え? あ、そっか~……走るのね!」


「何やってるの! ゆっくりでいいから、すべてのベースを踏んで帰っておいで~……絶対にそれぞれのベースを踏み忘れるんじゃないわよ~」


 ベンチから大声で指示を出す徹子は、珠子がホームへ帰って来るまで、気が気ではなかった。確かに、昨日、打つ練習はしたのだけど、打った後のベースランニングの練習はしなかったのだ。


「そうだよな~……どうせ、ホームランになるから、誰だって楽にベースランができると思ちゃうよな~」


 徹子の様子を見ながら、改めて珠子が野球素人だったと思い出す多澤だった。




(つづく)


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― 新着の感想 ―
プロテクターは誰も試合前に指摘しなかったのかw (´ε`)
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