65 第3章第25話 魅惑の変化球
「ふふふ……タマ子、これが変化球っていうのよ。普通、プロ野球のピッチャーは、最初に投げたようなあんな真っすぐなボールは決して投げないわよ!」
「え? そうなんですか? でも、あたしは、真っすぐなボールしか投げてないですよ!」
「あははは……タマ子ちゃんだって、そのうちにいろんな変化球を覚えてもらうさ。ただ、今はあの真っすぐなボールが、威力があって相手のバッターをアウトに取れるからね、まあいいんじゃないかと思っているだけだよ」
「そ、そうなんですか?」
珠子の涙は止まり、少しずつ笑顔が見えてきた。自分が打てない理由が分かってホッとしたようだった。
「さあ、タマ子ちゃん、それじゃあ、まずは変化球の軌道を覚えてもらおうかな。これから、基本的な変化球をテツ子に投げてもらうから、バットは振らずによっくボールの動きを見て覚えておくれ」
「変化球の軌道を覚えれば、あたしでも打てるようになりますか?」
珠子は、嬉しそうに多澤に質問した。
「あ、ああ……まあ、テツ子はほとんどの変化球を投げることができるから、だいたいのボールの軌道は分かるけど、実は変化球って投げる人によって、変化の仕方も微妙に違うからなあ~」
「ええ? それじゃあ、ここでテツ子さんの変化球を見てもダメじゃないですか?」
珠子は、また悲しそうな顔になってしまった。ところが、多澤は、また、笑いながら付け足した。
「あははは、そんなに心配することはないぜ! とにかく、今は、変化球というものを『知る』ことに集中してくれ! ……なんせ、テツ子が投げられる変化球だけで、12種類くらいあるからな」
「えええ? そんなにあるんですか?」
「何言ってる? 実際には、もっとたくさんあるんだぞ。まあ、今回はその基本の6系統を覚えればいいと思うんだ」
「そ、そうですか……がんばります……」
珠子は、力なく返事をして、バッターボックスに入った。
「じゃあ、まず、ストレート系の変化球からだ」
「え? ストレートって、変化しないんじゃないんですか?」
「まあ、ほとんど真っすぐと軌道は同じなんだが、ボールの握りかたで、ちょっとだけ変化するんだよ。一般に『○○シーム』って呼ばれるやつだ。ツーシームっていうのは、これだ……」
多澤は、徹子に大きな声で『ツーシーム』と伝えた。そして、徹子は、ボールの縫い目の細くなってる部分に合わせて人差し指と中指を置き、思いっきり投げた。
―― シュッパン ――
「これがツーシーム? なんか、最初は真っすぐに見えたんだけど、近づいてくると微妙に揺れたように見えたんですけど……」
「そうだ。『シーム』というのは、ボールの縫い目のことだ。『ツー』だから、ボールが1回転する間に、2回縫い目が出現するように握って投げるんだ。そうすると、縫い目が空気抵抗を生み、微妙にボールが揺れるというわけさ」
「へえ~……そんな細かなことで、ボールを変化させるんですね」
「似たようなもので、フォーシームとか、ワンシームっていうのもあるぞ」
「変化の違いってあるんですか?」
「うん、まあな……ストレート系に分類されるくらいだから、そんなに違いはないと思う。でもな、投げるピッチャーによってその微妙さが変わるんだ。ボールをバットの芯で捉えたと思っても、微妙にずれるからなかなか思ったようにはボールを飛ばせないんだ」
他にも、多澤は、『カットボール』をテツ子に投げさせ、その微妙な変化の違いを珠子に教えた。
多澤は、それから『スライダー系』『カーブ系』『フォーク系』『シンカー系』と解説を加えながら、テツ子に投げさせた。
その度に珠子は、目を見張りながら楽しそうにボールの軌跡を眺めていた。
「こんな、丸いボールが、たったこれだけの握り方や投げ方で、なんていろんな変化をするのかしら。とっても不思議だわ」
いつしか、珠子にはこの変化球がとても楽しく思えてきた。そして、この変化球を打つこともそうだが、自分がいつかこれらの変化球を投げられるようになりたいと密かに思うようになったのだった。
(つづく)




