63 第3章第23話 野球初心者!?
「あれ? これが空振り?」
「何やってんのよ! タマ子! こんなの打てなくてどうするの!」
「まあまあ、タマ子ちゃんは、初めてのバッターボックスなんだから……テツ子、同じボールをもう一球頼むわ」
徹子は、もう一度構えて先ほどと同じようにボールを投げた。
多澤も、同じようにど真ん中にミットを構えた。
珠子は、バットを握る手にギュッと力を入れ、徹子の方を凝視した。
―― ブンッ ――
―― バシッ! ――
珠子は、また大きく空振りだった。
「変ねぇ~……打てないボールじゃないと思うんだけど……」
「えっと……テツ子さん? テツ子さんは、元女子リーグでエースピッチャーだったんですよね。きっと、今投げたボールは、すごい魔球か何かじゃないんですか?」
珠子は、真面目な顔で徹子の投げたボールがすごかったんじゃないかと言った。ところが、ボールを受けた多澤は、呆れた声でそれを否定した。
「確かにな……あの頃のテツ子のボールは凄かったぜ! でもよ、今投げたのは、いたって普通のストレートだ。まあ、スピードはなかったけど、コースはよく定まっていたよな。……ひょっとして、基礎練習は続けていたのか?」
徹子は、ちょっと恥ずかしそうに、多澤から返球されたボールを見ながら、小さな声で呟いた。
「……そりゃ、体力づくりを兼ねて軽い運動は続けていたけど……ダメねえ~もう、ボールに勢いがないわ。それに、あの頃のスピードはもう出せないみたい……」
徹子は、そんな思いを自分で打ち消すかのように、もう一度大声で珠子に呼びかけた。
「タマ子! もう一度投げるから、しっかり打ってみて!」
今度は、セットポジションからの投球を試みた。セットから投げる場合、体をそんなに揺らさないので、ピッチャーの視線を安定させやすいのだ。普通は、塁上にいるランナーの盗塁を警戒するために行うのだが、この場合、徹子はバッターの珠子の様子を観察するために、視線をより集中させた。
―― ブンッ ――
―― バシッ! ――
珠子は、また、空振りだった。
「え? タマ子! あんた何やってんの!」
投げ終えた徹子は、マウンドから勢いよく走ってバッターボックスにいる珠子に詰め寄った。
「え? 何って、バットを振りました……」
「なあ、テツ子、何か変な様子でもあったのか?」
「そっか、多澤さんには見えないわよね……多澤さんは、タマ子の後ろしか見えないものね。……あのね、タマ子、あんたバットを振る瞬間、目を瞑っているわね!」
徹子がマウンド上から見たのは、目を瞑ってバットを大振りする珠子だったのである。
「ええ? だって、前にテツ子さんは言ったのよ。バッターは、ピッチャーの手元を離れたボールを見て、軌道を推測してバットを振るって! ピッチャーの投げるボールは速いから、手元に来てからバットを振ると遅れるって! だから、あたしは頑張ってテツ子さんがボールを放ったらすぐに振り始めたの!」
「ん……まあ、それは、分からなくはないけど、じゃあ、どうしてバットを振る時に目を瞑るのよ!」
「だって、力を入れる時は、目を瞑るじゃない。あたしは、砲丸を投げる時も、円盤を投げる時も、いつも目を瞑って力いっぱい投げてたわよ」
「おいおい……タマ子ちゃん、それじゃ、ピッチャーとしてボールを投げる時も目を瞑っていたのかい?」
「嫌ですよ、多澤さん。ピッチャーの時は、そんなに力を入れちゃいませんよ! それに、目を瞑るとどこに投げていいか分からなくなるじゃないですか?」
「えええ? 力を入れてない? おいおい、それであの重いボールを投げてたのかよ……」
笑いながら照れている珠子とは対照的に、多澤の笑顔は、少し引きつっていたのである。
(つづく)




