61 第3章第21話 結束のベンチ
「お前らよくやったよ! ああ、新城監督の意思が、ちゃんと伝わってるじゃないか」
森元ヘッドコーチは、嬉しそうにまわりのコーチたちにも同意を求めた。
「そうですね。今まで、バッティングの方法は、ベンチのいいなりにただバットを振っていた君たちが、自分で工夫するなんて……」
バッティングコーチの横先も嬉しそうに、選手たちを見渡した。
「あ、あの~……別に俺たちは、新城監督の意思とか関係ないんで……っていうか、監督の意思って何ですか?」
「お~、ミーも分からないね~監督は何を考えてる? 喜代宮が知らないこと、ミーも知らないよ!」
エイエスが喜代宮の疑問を後押しすると、千波もすかさず言った。
「えっと、俺は、ただ……タマ子ちゃんに負けたくなかっただけで……タマ子ちゃんができるなら、きっと俺だってできるって思ったんです……」
「そうです。僕も、野球素人のタマ子ちゃんよりは、野球を知ってるつもりだから……。あ、でも、勘違いしないでください。僕たちは、タマ子ちゃんと張り合おうとか、そういうのじゃないですから! 僕らが、頑張れば、きっとタマ子ちゃんだって、楽しく野球ができるだろうなって……」
「イエス! オフコース! ミーたちは、タマ子ちゃんに負ける悔しさとか、辛さをできるだけ味わわせたくないので~す!」
他の選手たちも口々に『タマ子ちゃんのために』と、真顔で言っていたのだ。
「え? みんな、そんなことを考えてくれたんですか! あたし……あたし……あたしも、頑張ります! あたしも、みんなに楽しい野球を味わってもらえるように、頑張りますから!」
いつの間にか、珠子は、チームの中で欠かせない存在であり、チームみんなの気持ちの拠り所になっているようだった。
すると森元ヘッドコーチは、笑顔は崩さず、ただ呆れたように頭を掻きながら、ゆっくりと静かな声で言った。
「あ~はいはい。よっく分かったよ、お前たちの気持ちがな。でも、もう一度思い出して欲しいんだが、紅白戦のとき、新城監督は言ったよな。『ベンチから指示は出さない』って!」
「そういえば……そんなこと言ってたかも」
「なんだ? 千波、監督の言葉を忘れてたのか?」
「そ、そんなことはありません! ただ、紅白戦のときから今日のオープン戦まで、全部で4試合、すべてベンチからの指示はありませんでした。だから、俺たちは自分で考えてゲームをやっていたんです。『今は何をするのがベストなのか?』を考えてやったつもりです」
「それは、見ていてもよく分かったよ。……だから、お前たちは、あの新田選手のようにいつでもヒットが打てるようになりたいと頑張ったんだろ?」
「え、まあ……あ、いや、俺らはタマ子ちゃんのために……」
千波だけじゃなく、他の選手もみんな頷いていた。
「まあ、いい。……それじゃあ、よく考えてくれ! 監督は『自分でよく考えろ』と言ったんだ。つまり、今やるべきことは、自分のことだ。自分のできることを磨けと言っているんだ。……いいか、お前たちはタマ子ちゃんじゃないんだ。タマ子ちゃんに、野球の試合に負けて悲しい思いをさせたくなかったら、自分のできることを頑張ってくれ。いいな!」
「「「 はい! 」」」
試合に負けて沈みきっていたファイアースのベンチは、一気に盛り上がり熱気に包まれた。
「よし! みんな、明日のスワリーズ戦は、絶対に勝つぞ! そのために、しっかり準備をしておこうじゃないか!」
キャプテンの喜代宮が声をかけると、それぞれの選手はグラウンドのあちこちに散らばり、思い思いの練習を始めた。すると、ベンチに残っていた珠子と多澤と皆厳に向かって、森元ヘッドコーチは新城監督の言葉を伝えた。
「明日の試合で、タマ子ちゃんは、DHでスタメンだ。しっかり頼むよ」
それだけ言うと森元ヘッドコーチは、ベンチからいなくなった。
「えっと……DHって、何ですか?」
珠子は、またいつものように訳の分からない野球用語を聞いてポカンと口を開けるのであった。
(つづく)




