57 第3章第17話 ありがとうの気持ちを乗せて
すると今度は、ベンチから徹子が走って出て来た。
「あ! テツ子さん、見てもらえました? サンキュー・サンシンですよ!」
笑顔満面に報告する珠子とは違って、徹子はちょっと頬っぺたを引きつらせながら、平手で一発、珠子の頭を叩いて言った。
「タマ子! あんた、また、私の説明の途中で寝てたのね! 『さんきゅうさんしん』の『さんきゅう』は、ありがとうって意味の『サンキュー』じゃないの! ピッチャーが投げるボールが『三球』だって意味で、三振をとるのに三球で終わらせたっていう、最小のコストパフォーマンスを褒めたたえる言葉なの! それを、あんなに大きな声で、バッターに向かって『サンキュー』とか言ったら、バカにしたと思われて嫌われるわよ!」
「ええ~? そうなんですか? ……うへえええ~ん、どうしましょう? 多澤さん?」
泣きそうな顔で、珠子は多澤の方を見た。すると、多澤は、突然大声で笑い出した。
「あはははははははは…………!」
「多澤さん、笑ってる場合じゃないと思うんですけど……あたし、どうしましょう?」
「あ、ははは……す、すまん、すまん。でもまあ、そんなの大丈夫だ。今の角丸だって、そんなことを気にするような奴じゃないよ。それより、タマ子が投げるボールに余程興味が湧いたようで、ブツブツ言いながらバッターボックスから出ても、何度もバットを振っていたからな。きっと、今度対戦する時は、違う対策を練ってくるんじゃないかな?」
実は、多澤も、珠子の「サンキュー・サンシン」って言っていた意味がようやく分かり、思わず笑ってしまったのである。
「いや~それにしても、さすがテツ子だな。よく、あの意味が分かったもんだ。……やっぱり、お前は、タマ子ちゃんの専属コーチだわ! あはははは。……それより、この回、あと1人で終わりだ。これで2アウトだから、最後は、打たせるぞ!」
「はい!」
「タマ子、真面目にやりなさいよ!」
そう言うと、徹子は、もう一度珠子の頭を叩いてから、ベンチに走って戻った。
## 6番 ファースト クロマチェー 背番号49 ……##
“ここで、次のバッターは、クロマチェ―ですね。昨年は、ホームランも結構打ってますからね。ここは、期待できるんじゃないですか?”
“いや……きっとクロマチェ―だから、ダメだと思うんや。きっと、北白山は、あのボールを投げてくると思うんや”
“あのボールと言いますと?”
“バットを折るボールや! クロマチェ―は、力があるからな。この場面、絶対にヒットが欲しいんや。間違いなくジャストミートを心がけるはずなんや”
“8回表、東京もんじゃシャイアンツの攻撃です。2アウトですが、依然満塁です。ヒット一発でも、逆転の可能性は大きくなる場面。ピッチャー、北白山がセットポジションから…………投げました!”
―― バキッ! ――
“ボールは……上がった……これはピッチャーの頭上だ!”
“バットは? バットは……あ! バットが、ピッチャーに向かって飛んどるやんけ! あ、危ない!”
―― カン! ――
―― バシッ! ――
「アウトオオオオ! チェーンジ」
「「「 うおおおおおおおおおおおーー 」」
“お聞きになれますでしょうか? 今、観客が一斉に感動の声を上げ、大きな拍手が巻き起こりました。なんと、ピッチャー北白山は、投げ終えた後の体勢から素早く右足を上げて自分に向かって飛んで来るバットの先端を蹴ったんです。それも、足の裏で! それから、おもむろに上を向いて、両手でしっかりとフライを受け取りました。いやあ~凄かったですね、岩木さん”
“ありゃ、普通じゃないわ! バットなんか蹴って見なはれ、絶対に足を痛めてしまうんや。せやけど、スパイクの付いてる足の裏なら、大抵の衝撃は防げるんや。ただな、バットを避けるだけなら、そんなに難しいことはないんや。その直後、頭上から落ちて来るフライも見事キャッチしよったで! こりゃ、想定済みで結構練習したんとちゃうかな?”
★バットを蹴って避けた珠子(AI挿絵)
“それにしても、見事、満塁の危機を脱しました。北白山は、9回もマウンドに上がるんでしょうか? 昨日は、9回の1回だけの登板でしたが……”
その後、8回の裏、北海道ミルクファイアースの攻撃は、三者凡退ですぐに攻撃は終了した。そして、9回表のマウンドには、北白山の姿があったのだ。
(つづく)




