55 第3章第15話 はじめての途中交代
## ピッチャー交代! 生田部に代わりまして……北白山! ピッチャー北白山、背番号0 ##
旭山ドーム球場のアナウンスが響き渡った。珠子は、初めてイニング途中からの登板だ。珠子は、ホームチームなので、1塁側ベンチで、ブルペンもライト側にある。壁では囲まれているが、屋根はなくむき出しのため、ブルペンからグラウンドの様子はよく分かる造りになっている。
珠子は、リリーフカーの一段高くなった後部座席に座って登場した。半分は埋まっている客席からは、大きな拍手が起こった。たぶん、昨日の試合を見て、珠子のピッチングに興味を持った観客が大勢いたのではないかと推測される。
加えて、笑顔で客席に手を振った珠子に対して、より多くの声援が送られた。
“キャッチャーも多澤に代わりましたね、岩木さん”
“たぶん、北白山と多澤は、セットで動いてるんやろな。特別な、投球もあるかもしれんわ”
「タマ子ちゃん、いいか、さっき練習した通りに頼むぞ」
「大丈夫ですよ、ちょっと立つ場所を変えるだけだし、投げ方は同じなんですから」
「ま、後は、俺に任せな! 空振りか、見送ってのストライクが取れればいんだろ?」
「はい! それで、サンシンって、とれるんですよね?」
「ああ、ストライクが3つになれば、三振って言って、バッターはアウトになるんだよ。……って、今更こんなこと言わせるなよな。ホントに、野球のルールは大丈夫なのか?」
「えへへへ……まだ、全部じゃないですけど、頑張って覚えているんですよ! テツ子さんに毎晩遅くまでしごかれているんですからね!」
「あはははは、テツ子も大変だな。だから、眠そうな目をしてたのか。……ところで、タマ子ちゃんは、眠くはないんだろうな?」
「大丈夫ですよ。あたしは、テツ子さんのしごきの途中で、眠くなったら、すぐに寝てますから! えっへん!!」
「おいおい、それは、あんまり威張れることじゃないんだけど…………。(んじゃ、テツ子は、タマ子ちゃんが眠った後に、まだ何かやってるってことだな……)」
“さあ、今、キャッチャーの多澤が、所定の場所に戻って、審判がプレイをかけました。8回表、東京もんじゃシャイアンツの攻撃です。1アウト満塁、次のバッターは、昨年の打率が3割1分5厘、ホームラン20本を打ってる、シャイアンツの中堅選手の角丸です”
“角丸も力がある選手やからね。一発、外野フライでも1点は入るんとちゃうか?”
「(このバッターは、下手したらバットを折っても外野にフライを上げるかもしれない。だから、ここは、タマ子ちゃんの言うように、三振を狙ってみるか……)」
多澤は、珠子にサインを出した。珠子は、いつものようにキャッチャーを覗き込んで、頷いた。今回は、今までとは違い多澤の出すサインを見てから頷いたのだ。
「(大丈夫かしら? タマ子ったら、ちゃんと見えてるのかな?)」
ベンチでは、心配そうに徹子がマウンドを見ている。
「(よし。……えっと、ここで、一回プレートを外して、ロジンバックを摘まんでから、……こっち側へと……)」
珠子は、おもむろに再度プレートに右足を付けた。
“おや、田中さん、見ましたか? 今、北白山は、プレートを踏む位置を変えたで!”
“え? 解説の岩木さん、それ本当ですか? 私は、全然分かりませんでしたが……”
“いいや、角丸は、右バッターや。今までの北白山は、ピッチャープレートの真ん中を踏んでたんやけど、思いっきり右に寄りおったわ。こりゃ、内角ギリギリを狙うとちゃうやろか?”
セットポジションの珠子は、多澤のミット目がけて、素早く腕を振ってボールを投げた。ボールは、右バッターのインコースを目がけて投げたように見えたのだが、実はキャッチャー多澤はアウトコースの方に移動していたのだ。ボールは、バッターからしたら、大きくアウトコースに流れるように見えた。
★華麗なるタマ子ちゃんのセットポジションからの投球モーション
「ん? 外角狙いか? ……エイッ!」
―― スカッ ――
「ストライク!」
バッター角は、内角から外側に曲がるボールだと勘違いしたのだ。珠子のボールは、ストレート。そのまま真っすぐ外角を大きく外れて、ボールコースへ出ていたのである。
「(くっそ、変化球じゃなかったんだ。あんなところまで、外れるとは思わなかった)」
「(ふっ、どうだ、タマ子ちゃん! これが、空振りって言うんだぜ!)」
「(へえ~……絶対に、ストライクコースじゃないからバットを振らないと思ったのに、振ってくれたわ。……そっか、だから、『サンキュー・サンシン』なのね。お父ちゃん、分かったわ!)」
珠子は、なぜか、嬉しそうに何度もバッターを見つめて、頷いていたのだった。
(つづく)




