52 第3章第12話 大事なこと
試合終了と同時にグラウンドでは、ファイアースの選手がみんなマウンドに集まってきた。そして、口々に珠子の活躍を褒めたたえていた。
「凄いよ、3人とも打ち取るなんて」
「それに、全員のバットを折っちゃうんだもんな」
「そうそう、おまけに、飛んで来たバットをいとも簡単に避けてるし……」
「俺、もっとタマ子ちゃんの投げてる姿を見たかったなあ~」
「お前らはいいよな、近くで見れるし。俺たち外野は、ちょっと遠いんだよな~。明日は、もっと前進守備をとろうかな?」
普通なら、ベンチに戻りがてら選手同士でハイタッチをした後、すぐに片付けが始まるはずであったが、新城監督までもがマウンドに駆け寄っていった。
「タマちゃん、よかったよ~。5球も投げられたじゃないか!」
「あ、監督。それは、多澤さんのお陰なんです。すべて、投げるボールのコースは、多澤さんのミットを目がけて投げただけなんですから!」
「だけどさ、タマ子ちゃん。ミットに向かって投げるなんて、本当は難しいんだぜ」
そう言ったのは、今日の先発ピッチャーの伊東だった。
「え? 伊東さんだって、キャッチャーの田木矢さんのミットを目がけて投げてたんですよね」
「う~ん、確かに田木矢のミットは見ていたよ。でもさ、投げるボールの種類やコースは、田木矢とサインで打合せをして決めてるんだ。タマ子ちゃんだって、サインを見て頷いていたじゃないか?」
「あはははは……えっと、あれは……その~……フリっていうか……ごめんなさい! あたしサインなんか見てません! ただ、ミット目がけて投げてただけなんです!」
それを聞いた選手たちは、一瞬黙ってしまった。ポカンと口を開け、ただ珠子の顔を眺めるだけだった。
その沈黙を破ったのは、新城監督だった。
「まあ、いいじゃないか。タマちゃんはね、コントロールはとってもいいんだよ。……因みに、伊東君なんか、全球ミットのところに投げられるの?」
「監督~……そんな無茶なこと言わないでくださいよ。僕だって、コントロールは悪い方じゃないですけど、ミットの場所通りなんて投げられる訳ないじゃないですか」
「そうだよね~……時々、逆球になってるしね。……まあ、それでも、三振は取れるからいいんだけどね、あはははは」
新城監督にとって、別にサインなんかどうでもいいことだった。要は、試合に勝てればいいのだ。だから、今回は、ベンチからの指示サインも廃止しているのだ。
大事なのは、自分で考える『勝つ野球をすること』だった。
「ま、タマ子ちゃん、そろそろサインを覚えるのもいいかもな。ペナントレース本番が始まるまでには、いくつか覚えような、あはははは……」
キャッチャーの多澤は、珠子の背中を叩きながら、笑顔でそんなことを言った。ただ、徹子だけは、眉間に皺を寄せて、難しい表情を崩さなかったのである。
「明日もシャイアンツ戦だよ。やり返されないように、みんな頼むよ。……あ、タマちゃん、明日はもう少し長いイニングを投げてみようか」
「はい! 監督。あたし、いっぱいボールを投げたいんです! あ、ボールって言っても、ストライクですよ! うふふふふ」
そんな冗談も言えるようになった珠子は、自分でも『ストライク』と『ボール』という言葉の区別がつくことに、嬉しくて満面の笑顔になるのであった。
(つづく)




