51 第3章第11話 5球で終了
「おう、タマ子ちゃん、うまく避けたな」
「あははは、あのくらいは練習しましたし……バットだけでしたから、楽ちんですよ!」
多澤は、2アウトをとったとこで、タイムをかけマウンドに行って珠子に声をかけた。すると、内野手もみんな集まってきた。
「なんだ、お前たち、そんなニコニコして。お前らは、来なくてもいいよ!」
そんな内野手の様子を見て、多澤が少し茶化したように声をかけた。
「あ~多澤親分だけ、ずるいなあ~。俺たちだって、タマ子ちゃんとお話したいんですよ! なっ、みんな」
「そうだ、そうだ。ベンチじゃ、監督もいるから、あんまり声かけられないし」
どうも、みんなは珠子と仲良くなりたいみたいだった。そんな内野手に、珠子は少し驚き、自分も話をしたい旨を伝えた。
「え? 別にいいんですよ。あたし、ちゃんとお話を聞きますよ。いっぱい声をかけてください!」
すると、内野で一番若い山片選手が、ベンチの方を見ながら少し声を潜めて言った。
「でもさ、隣にいる皆厳さんが……なっ」
「う、うん……あんまりタマ子ちゃんに気安く声をかけると、睨むんだよな」
「そうそう、あの、メガネの奥の目が、光るんだよ!」
他の選手も、山片選手に同感だと言ったので、珠子は慌ててフォローした。
「ええ~? そんなことないですよ。テツ子さんは、優しいですよ! テツ子さんは、いつもみなさんのプレーを見て褒めてるんですよ。そして、あたしに教えてくれるんです。あのバットの避ける方法だって、山片選手の動きを真似して練習したんですよ!」
「え? そうなのかい? …………なあ、でもそんなに見られているんだったら、余計にへまできないな。エラーでもして、あの皆厳さんに睨まれてみろ、しばらくスランプになっちゃうぜ!」
「あははははは、ホントにお前らは、肝っ玉が小せえなあ! しっかりしろ! いいか、俺たちの商売は、みんなに見られてなんぼの物なんだ。少しは、見られることに慣れないと、すぐに2軍に落とされるぜ。まあ、なんだ、テツ子だってな、昔は苦労したんだ。お前たちがエラーしたって、絶対に責めたりしねえよ! それよか、お前たちの方から、もっとテツ子に話しかけなきゃダメだろ? そして、どんどんテツ子に見てもらうんだよ。いいか、分かったか!」
「「「「はい! 多澤親分!」」」」
多澤の一言で、内野手の目つきも少し変化したように感じた珠子だった。
「えっと……ところで、多澤さん。このままだったら、あと1人で試合終了なんですよね。あたしも、3球しか投げないで終わっちゃうんですけど……」
「あ、その点なら心配はいらない。まあ、俺の構えたところに投げさえすればいいからよ! じゃ、みんな、次も頼むぜ!」
内野手は、それぞれの守備位置に戻った。珠子もマウンドを少しならし、滑り止めのロジンバッグを軽く握ってから地面に落とした。
“内野手が戻りましたね。少し長く感じましたが、何を話していたんでしょうか?”
“きっと、次のバッターについての作戦やないか。なんせ、次はあの仲畑選手だ。彼は、そんなに長距離の打球を打つわけじゃないけど、球に食らいつく根性は相当なものや。ピッチャーに10球以上のボールを投げさせることもけっこうあるんや”
“それは、選球眼がいいということでしょうか?”
“それだけやない。ストライクかボールか迷った時は、意識してファールが打てるんや。知ってるか? ヒット打つより、ファールを打つ方が難しいんやで!”
「(いいか? 最初は、ここだ!)」
ピッチャー珠子は、またサインを見たふりをして、多澤のミットを目がけて思い切り投げた。
「ボール」
ミットは、バッターの胸のあたりに構えられていて、真っすぐボールはそこに収まった。
「(ふ~ん、やっぱり、こいつは一流の選球眼を持ってるな。……じゃあ、これなら、どうだ)」
“ピッチャー2球目投げました。……おおっと、これも仲畑は、見逃した。ボールです”
“奴の目には、ストライクゾーンが見えてるんとちゃうか?”
「(へえ~あれも、ボールなんだ。ホームベースのちょうど真ん中を通るのは、あたしにも分かったんだけど、ちょっと低すぎるのかな? ボールを受ける多澤さんのミットは、全然動いていないから、投げ方は間違っちゃいないと思うんだけど……)」
「(ふう~……なんて、際どいところを突いてくるんだ。1球目は、明らかに高かったからすぐに分かったけど、2球目はギリギリじゃないか。コースは、ど真ん中。だけど、ちょっとだけ、膝の下なんだ。あんな球を投げるピッチャーは、そんなにいないぞ……)」
“バッター仲畑、一度バッターボックスを外します。2、3度素振りをして、戻ります。カウント2ボールです。どうですか? 岩木さん”
“北白山、次はストライクを取りにいくやろな。でも、甘いところに入ったら、打たれまっせ!”
“ピッチャー北白山、大きく頷いた。両手を上げ、ワインドアップモーションから…………投げた! ……打った!”
―― バギッ! ――
“おーーっと、ボールは、高いセカンドフライだ。がっちりキャッチした山片、両手を上げてマウンドに駆け寄った。ゲームセット、1対0で、オープン戦の初戦、北海道ミルクファイアースは、東京もんじゃシャイアンツに勝ちました。オープン戦とはいえ、ファイアースのベンチは、大変盛り上がっています。素晴らしい試合でしたね”
“あ、ああ……あのピッチャー凄いかもしれんな”
“えっと、あ、ちょうど放送終了の時間も迫ってきました。それでは、今日は、ここでお別れいたします。実況は田中、解説は岩木さんでお送りしました。みなさん、ありがとうございました”
“見たで! 田中はんも見はったか?”
“岩木さん、終わりましたよ。……あ、ええ、セカンドフライですよね、しっかりキャッチしましたよね”
“そうやない! バットや! また、折れたんや!”
“確かに、バットの折れる音が、放送席でも聞こえましたが……”
“そして、今度はバットの先端が回転しながらピッチャーを襲うたんや。でもな、ピッチャー北白山はな、何事もなかったかのようにバットの先端をグローブでキャッチしよったんや! 奴は……いや、やっぱり彼女はバットが折れることを知っていたんや! う~ん、そうか、バットを折ったのは、彼女なんや!”
最後の解説岩木の言葉は、試合終了になったため、ちょうど放送には乗らなかった。
(つづく)




