50 第3章第10話 折れるバット
“さあ、9回表、シャイアンツの攻撃ですが、ここで点が入らなければシャイアンツの負けが決まってしまいます。マウンドの方も、既定の投球練習が、今、終わりました。ピッチャーは、この試合の締めを任された北白山です。どうでしょうか? 岩木さん”
“練習の投球を見た限り、そんなにボールは速くないと思うんやけど、えらいキャッチミットの音がするんや。どういうことなんやろ?”
“そういえば、この間の紅白戦でも投げています。その時は、最後のバッターに対して投げたんですが、相手のバットが折れてセカンドフライに打ち取ったんです”
“バットが折れたんか? ……バットに傷でも入っていたのとちがうか?”
“さあ、プレイがかかりました”
「(よし、ここだ! 思いっきりズバッとこい!)」
珠子は、サインを見るフリをして頷き、ゆっくりと両手を頭の上に持ち上げた。いつものワインドアップ投法だ。
左足を力強く踏み込み、ボールを握った右腕を思い切り振った。
―― バキッ! ――
「よし!」
多澤は、思わず拳に力を入れた。
“あ! 打ったー、でも、バットが折れてボールはセカンドの頭上へ落ちてきます。セカンドフライ。1アウトです”
“3番の永島やったんやけど、力が入っていたな。あれじゃ、飛んでもセンター正面だったと思うわ”
“今のボールは、ストレートだと思うんですけど”
“そうやね。真っすぐやったわ。それに、ここから見ても素直な軌跡だと思うねん。……あ、そっか、バッターからしたら打ちごろの球だったんや! だから、思いっきり振って、ホームランを狙ったんやな!”
“確かに永島選手は、昨年もホームラン数がセリーグで2位でしたしね。それで、力が入ったんでしょうか?”
“まあ、それもあるけど。北白山のボールは、とっても素直なボールなんや。だから、ピッチャーの手を離れた瞬間にボールの軌跡は予測できてしまうんや。これは、プロのバッターなら迷わず狙って打てるちゅうことだと思うわ”
“あれ? それじゃあ、北白山ピッチャーって、狙い撃ちされてしまうということですか?”
“まあ、これから変化球とかを混ぜて投げてくると思うんだけど、その質にもよるんじゃないかな。コーチについてる皆厳は、何といっても精度の高い変化球をいくつも投げていたからな”
“じゃあ、北白山ピッチャーの真価は、これから投げるであろう変化球によるということですか?…………あ、ちょっと待ってくださ。情報によりますと、今まで変化球を投げた実績はないようですね。投球練習でも、ストレートばかりです”
“なんやて? ほな、打たれまくるんとちゃうか?”
“さあ、2人目もバッターボックスに入りました。シャイアンツの4番、央羽選手です。昨年のホームランキングです。セリーグだけじゃなく、セパ両リーグで一番多くのホームランを打った選手です”
「(よし! タマ子ちゃん、こいつもここでお終いだ!)」
珠子は、また、サインを見たふりをして頷いた。
「(なんか、面倒くさいな。いちいち、頷く真似をしなきゃならないなんて。あたしは、どうせ、変化球とか投げられないし、コースとか言われてもあんまりよく分からないのよね。まあ、バッターにぶつけちゃダメってことぐらいは知ってるけど、大体はキャッチャーの多澤さんのミットにボールを投げてればいいみたいなんだ……)」
珠子は、この2人目のバッターにも、振りかぶって思いっきりど真ん中にボールを投げた。もちろん、このバッターが昨年のホームラン王だなんて、知る由もなかった。
―― バキッ! ――
「アウトーー!」
“おや? 央羽選手も、アウトになりました。今度は、ショートフライです。それに、またバットが折れたようです”
“? ?? ちょっと、このVTRを見てや! 折れたバットが、ピッチャーに向かって飛んでいるけど、北白山は難なくこのバットを避けよったぞ!”
“そりゃ、バットが飛んで来たら、避けるでしょう”
“ちゃうねん! 初めから、バットが飛んで来ると思ってるような避け方なんや!”
“どういうことですか? 岩木さん”
“う~ん、なんちゅうたらいいかなあ~……ピッチャーってな、投球後は体勢も崩れてしまうもんなんや。時々、ピッチャーゴロとかを処理しなきゃならない時もあるけど、けっこう難しいんやで。それにな、ボールとちごうて、バットなんかが飛んできてみいや。そりゃ、びっくりしてしまって、転んだり尻もちをついたりするんや。ワテは、ピッチャーやったから、よう分かるんや”
“それじゃあ、ピッチャーの北白山は、初めからバットが折れて飛んでくると分かっていたから、落ち着いて処理できたというんですか?”
“ワテにはその辺はようわからんが、あの避け方は、急にできるもんやない。だから、あのバッターのバットが折れるのも、何か秘密があるかもしれんわ”
たった2人のバッターをアウトにとっただけで、解説の岩木は、珠子のピッチングの秘密に迫ろうとしていたのだった。
(つづく)




