46 第3章第6話 タマ子の猛特訓
「じゃあ、タマ子! 行くわよ! エイッ!」
徹子は、バッターボックスから思いっきり、折れたバットの先端部分をピッチャーマウンドに向かって投げた。
「キャッ!」と、悲鳴を上げながら、珠子はその場にしゃがみこんでしまった。
「ダメよ、タマ子! その場から動かなかったら、飛んで来たバットに当たるのよ! バットが飛んで来ない方に避けなさい! 分かった!」
室内練習場に徹子の厳しい声が響いた。
北海道ミルクファイアースのホームグラウンドは、旭川市の郊外にある旭山ドーム球場である。
その広大な敷地の中には、屋外練習用のグラウンドや室内の練習場が、併設されていた。今、珠子と徹子、それに多澤は、室内練習場の中のグラウンドにいた。
グラウンドの広さは、少し外野フェンスまでの距離は短いものの、普通に野球ができる広さは確保されている。ただ、観客席がない分だけ狭くは感じるが、練習するにはまったく問題がない。
珠子は、体中に防具をつけた完璧な防御態勢でマウンドに立っている。
徹子は、折れたバットを抱えて、右バッターボックスに入り、珠子の投球動作に合わせてバットを珠子に投げつけている。
「タマ子ちゃん、動作だけとはいえ、ちゃんとボールを投げるつもりになってないとダメだぞ。どうしても、ピッチャーは投球後の動作が崩れ、飛んで来たものに反応しづらいんだ」
「ええ~多澤さん、でも、こんなロボットみたいな格好で投球動作なんて……」
「ん? 重くて動きにくいか?」
「あ、いや……あの~あたしが体を動かしたら、このプロテクターを留めているバンドが切れちゃわないかと思って……」
「どういうことだ? タマ子ちゃん、それ、体が重くて動けないんじゃないのか?」
「重さは全然平気です! ただ、あたしが動いたら、このプロテクターを留めているゴムやバンドが伸び切っちゃうんじゃないかと思って……」
「あはははは……そんなこと気にしてたのか? 別に、プロテクターが壊れてもいいから、思いっきり動いていいよ。慣れたら、少しずつプロテクターを外していくからね」
キャッチャーの位置にいた多澤は、珠子の動きを見ながらバットを避ける方向や避け方などのアドバイスをしていた。
「じゃあ、続けていくよ! タマ子、はい、次はセットポジションで、投球動作してみて!」
「はい! テツ子さん!」
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珠子たちは、3日ほど練習を繰り返した。珠子の身に付けているプロテクターもだいぶ外れてきた頃、とうとう徹子は実践的な練習を提案した。
「タマ子、次は、実際にボールを投げてみて!」
「え? ホントに投げていいんですか?」
「構わないわ。その代わり、バッターは投げたボールを打ち返すのが役目なんだからね、忘れないでね!」
「は、はい! テツ子さん!」
すると徹子は、キャッチャーの多澤に向かって、小声で言った。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「ホントにいいのかい? 大丈夫かな?」
「たぶん……ダメでしょうね。バットは、避けられるとしても……ボールは……」
両すねのプロテクターだけになった珠子は、ワインドアップモーションから投球動作に入った。投げたボールは真っすぐ多澤のミットに収まった。
同時に、バッターボックスの徹子が、折れたバットを珠子に向かって投げたが、投球が終わった珠子は、すぐにその場でジャンプしてバットの先端部分を回避した。
そして、着地しようとした時、足元へ飛んで来るボールを確認した珠子は、焦って着地と同時に両足を思いっきり広げた。ボールは、見事に珠子の両足の間を抜けて後ろに転がって行った。
「こりゃあ、センター前ヒットだなぁ~」
多澤が、立ち上がって外野の方を眺めながら言った。
「え? ヒット? ええ? 誰もボールを取らないんですか?」
「あのな~タマ子ちゃん、ピッチャーの後ろには誰もいないんだよ。ショートはピッチャーの後方右に、セカンドはピッチャーの後方左に、それぞれそこが定位置なんだ。ピッチャーとセカンドベースを結ぶ線上には、ピッチャーしかいないんだよ」
「そうよ、分かった? タマ子! あなたは、バットを避けるだけじゃダメなの。バットを避けた後、ちゃんと飛んで来たボールをキャッチして、しかるべきところに投げないとアウトは取れないのよ!」
「ええ! バットを避けて、ボールを取るんですか! そんなあ、2つのことを一緒になんかできないです~」
泣きそうになっている珠子に向かって、徹子は冷静に言った。
「仕方ないじゃない。あなたのボールは、思いっきり打つとバットが折れるんだからさ。今までは運よくフライが上がっていたけど、多分、他のチームはすぐに対策を練ってボールを転がすようにしてくるはずよ」
「そんなぁ~あたし、どうしたらいいんですかぁ~」
「何言ってるの。だから、こうやって練習してるんじゃない! さあ、泣き言なんか言ってないで、さっさと練習の続きをやるわよ!」
それからしばらくは、室内練習場に「フェエエエエ~ン」と、珠子の泣き声とも叫び声ともつかない声が響いていたのだった。
(つづく)




