43 第3章第3話 対決から得たもの
「お! さっそく対決かい?」
すると、そこへ新城監督が顔を出した。いつものように笑顔で、珠子が立つマウンド辺りを見ながら声をかけてきた。
慌てて、横先バッティングコーチが、頭を掻きながら監督に報告していた。
「エイエスがね、どうしても打ちたいって言うんで、準備しちゃいました!」
「いいんじゃないの。どんどんやってよ。……ファイアースが強くなるためなら、どんな練習だってやっていいからね! あはははは」
新城監督もベンチに入って、これから始まる珠子とエイエスの対決を楽しむつもりだ。
「よし! タマ子ちゃん、ここだ!」
多澤は、ストライクゾーンのど真ん中にキャッチャーミットを構えて、大きな声で珠子に声をかけた。通常は、投げるコースや球種を決めるためにキャッチャーがサインを出すが、珠子は直球しか投げられないし、コースを変えてもそんなに効果はない。いかんせん、珠子のボールはとても素直なので、どのコースに投げても、間違いなくプロ野球のバッターなら、ボールにバットを当てることは簡単だ。
「はい!」
大きな声で返事をした珠子は、左足を一歩後ろに引き、両手を真っすぐ頭の上まで持ち上げた。そして、ゆっくりとグローブに右手を入れたまま腰のところまで引き下ろすと、そこからは勢いをつけてボールを持った右手を回した。
同時に左足は、キャッチャーに向かって力強く踏み出し、左手のグローブを左わきに抱え込んだ。
視線は最後までキャッチャーミットから離れず、珠子の頭もブレることはなかった。
「きたーー!(これなら、まっすぐ、ホームランね!)」
バッターのエイエスは、ボールの軌道を読むと、全身の力をこめてバットを振った。
―― ガバキッ! ――
バットの折れた音とともに、ボールは、またもや二塁手の頭の上に飛び、力なくゆっくりと落ちてきた。同時に、―― バサッ ―― と、珠子の前のネットには、折れたバットの上半分が飛んできて引っかかった。
―― ポン! ―― 「アウトーー!」
横先コーチの審判は、嬉しそうに右手を挙げて大声で叫んだ。
「お! ノーノー! ワンスモア! もう1回!!! お願い!!」
エイエスは、自分の手が痛いのも忘れて、大きな身振りで再投球を要求してきた。審判の横先コーチは、面を取りながら、笑顔で珠子に聞いた。
「タマ子ちゃん、どうする? もう1回、挑戦権をあげるかい?」
「えへへへ、あたしは、別に構いませんよ。だって、1球しか投げてないんですもん。これで、終わっちゃったら、あたしの練習になりませんけど……」
「じゃあ、エイエスは1アウトということで、2人目のエイエスと勝負しようか?」
多澤親分も、少し意地悪な笑みを浮かべて珠子に提案した。
「おーい、タマちゃん! 1球なんてけち臭いこと言わないで、エイエスをボコボコにしていいからね! どんどん、やっちゃって!!」
新城監督からも公認をもらったので、見守っていた他のみんなの応援にも熱が入ってきた。ただ、応援の声は、すべて珠子に向けられたもので、なぜか珠子自身は、アイドル歌手にでもなったようにベンチに手を振っていた。
「じゃあ、珠子ちゃん、2球目はここだ!」
多澤は、エイエスの内角ぎりぎりのところにミットを構えた。
珠子は、さっきと同じように振りかぶってボールを投げた。球速はないが、当たれば非常に痛いボールだ。内角は、バッターぎりぎりを狙うので、時々デッドボールになったりもする。
しかし、珠子の投げたボールは、きちんとストライクコースの中で、なおかつバッターの内角ギリギリのところに決まった。
―― グバギッ! ―― …………「アウトーー!」
やはり、セカンドフライに終わった。
「オーノー! ワンスモア!」
エイエスは、その後、20球ほどフライを打ったが、外野に飛ぶことはなかった。それでも、諦められずに続けようとせがんでいたが、ここで監督からストップがかかった。
「もういいだろ? エイエス、お前、もう打つバットが無いじゃないか? 今日は、これくらいにしておきなさい」
そう言って、横にいた徹子に何やら耳打ちをしていた。
「…………どうだい? 僕は……思うんだけど……」
「はい、私も感じました。これは、早急に対応しないとダメですね」
「まあ、後は任せるよ。今度の出番は、2週間後から始まるオープン戦だ。最初の試合から、タマちゃんには出てもらうよ」
「……抑えですか?」
「うん、そう考えているよ。ただ、次は、1イニング投げてもらうつもりだからね!」
「はい、分かりました、新城監督」
徹子は、マウンド上でみんなに囲まれて嬉しそうにしている珠子の様子を見ながら、次の課題を見つめる目をしていた。
(つづく)




