41 第3章第1話 気になる打席
紅白戦が終わったその日の夜遅く、北海道ミルクファイアースの各選手には、新城1軍監督からダイレクトメッセージがメールで届いていた。
「やったー! テツ子さん、あたし旭山ドーム球場に集合だって!」
「そう、それは良かったわね。じゃあ、1軍ということで間違いなしね」
大喜びの珠子とは対照的に、徹子はいたって冷静だった。というのも、徹子には確信があった。新城監督が珠子を放っておくとは思えなかったのだ。
「あれ? テツ子さんは、嬉しくないんですか?」
あまりにもそっけない反応だった徹子の様子を不審に思った珠子は、ベッドに腰かけている徹子のそばまで行って顔を覗き込んだ。
「馬鹿ね、タマ子。新城監督は、あなたのあのボールを見てスカウトしてきたのよ。1軍に入れない訳ないじゃない。しかも、1年という時間を設定したの。ファイアースが日本一になるためには、あなたはもっと大きなことをしなきゃダメなのよ」
日本一になるということは、どれほど大変なことなのか、徹子には分かっていた。自分が経験した女子プロ野球リーグの時、あがいてもあがいても夢に終わったことだ。
ただ、その後、自分がファイアースの1軍にさえ上がれなかったことを思えば、珠子の1軍は嬉しいことだということもよく分かる。だからこそ、ここで喜ぶのはまだ早いと考えていたのだった。珠子が本当に喜んでもいいのは、北海道ミルクファイアースが日本一になった時だと、徹子は心に決めているようだった。
ただ、当の珠子は、いたって呑気に明日からの1軍練習に心を躍らせているのだった。野球を……プロ野球の世界をまったく知らない珠子にとっては、それは仕方のないことなのかもしれない。
「うふふふ……テツ子さん、明日は、どんな格好で旭山ドーム球場に行けばいいかなあ~。最初の1軍の集まりだから、オメカシした方がいいのかな? う~ん、あたし、まだ、お化粧道具とか持ってないんですよ! どうしましょう!」
「えっとね、タマ子。1軍で集まったら、野球の練習をするに決まってるでしょう! ユニフォームを着て行かなくて、何を着るというのよ、まったくもう~。それから、お化粧は、日焼け止めだけで充分よ!」
「ええ~? プロ野球の練習って、お客さんも見に来るんでしょ! やっぱりお化粧した方がいいと思うんだけどなあ~」
「あのね~…………。別にお化粧してもいいけど……知らないわよ、汗かいて、目のまわりが真っ黒でパンダみたいになっても!」
その話を聞いた珠子は、なぜかパンダも可愛いからいいかもしれないと、ちょっと思っていたのだった。
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その翌日、旭山ドーム球場に集まった選手を前にして、新城監督は1軍スタートのあいさつをした。ただ、ここに集まったのは、ペナントレースの本番でベンチに入れる人数を大幅に超えているので、オープン戦での結果次第ではそのまま1軍に残れないこともあると告げていた。
「今年のオープン戦は、東京近辺の4チームと北海道に近い東北の2チームの全部で6チームと試合をする。いずれも、2ゲームずつだ。2週間後から始まるから、それまでに準備をしてくれ。それから……言わなくも分かると思うが、オープン戦と言えど、絶対に勝て! いいな!」
「「「 おおおーー!! 」」」
いつになく、新城監督からは気合のこもった挨拶になった。監督に就任して6年目、今まではどことなく優しさがにじみ出すような感じだった。決して選手に無理は言わず、選手のミスを怒ることもなく、必ずフォローする言葉をかけてまわるような監督だった。
確かに、ファイアースは新城監督が指揮をとり始めた頃は、リーグでも最下位だった。3年目からようやく投手陣と打線がかみ合うようになり、少しずつだが順位も上がってきた。しかし、昨年は3位止まり。ここぞという時に勝てなかったのだ。
「新城監督も今年は違うみたいだな。タマ子ちゃんも、がんばらないとな」
「はい、多澤さん。いろいろよろしくお願いします!」
「さ、タマ子、練習するわよ。多澤さん、タマ子のピッチング、このままでいいでしょうか?」
「そうだなあ~…………」
珠子たちが、1軍での練習を始めようとして、徹子、多澤と相談を始めた時、不意に近寄って来た大男に声をかけられた。
「……タマコちゃん? もう、1回、俺に、ピッチングして欲しい……OK?」
そこには、身長が2メートルを超え、肩幅も広く、腕も太い、巨漢のエイエス選手がいたのだ。片言の日本語を話しながら、笑顔で珠子に頼み込んできた。
彼は、唯一、昨日の紅白戦で珠子のボールを打った選手だったのだ。
(つづく)




