38 第2章第25話 腕試しの紅白戦③
・・・・・・・・・・特別会議室・・・・・・・・・・
旭山ドーム球場の最上階には、グラウンドが一望できる特別会議室が用意されている。オーナーたちやVIPの会員が来て観戦する場所だ。
「監督! 俺は、反対です! 才能があるかもしれないけど、あんな女の子を1人入れたぐらいで優勝できるほど日本のプロ野球は甘くはありません!」
ここには、北海道ミルクファイアースに関わる全てのスタッフが集められた。1軍と2軍のすべてのコーチ、メディカルスタッフ、スコアラーなど、陰で支える人たちは、総勢90名になっている。もちろん、通訳や広報スタッフなどはまさに仕事中なので、ここには来ていないが、ワイヤレスイヤホンでこの会議の内容は聞いているはずである。
真っ先に監督の方針に異議を唱えたのは、ヘッドコーチの森元哲也だった。
「う~ん……そうだね、哲ちゃん。僕だってそう思うよ。タマちゃんが、すべての試合に投げられる訳じゃないし、すべての打席に立てる訳じゃないよね」
「じゃあ、どうして、あんな女の子を入れるんですか! そんな暇があったら、選手を鍛えましょうよ!」
「鍛える……か……。僕はね、思ってるよ。君たちコーチのみんなは、一生懸命に選手を指導してくれているよ。……でも、肝心なところで負けちゃうよね、違うかい?」
優しい口調だけれど、新城監督は真剣だった。
「た、確かに……うちのピッチャーたちは、味方が点を取ってくれている時は調子がいいんですが……得点が入らないと、緊張してストライクが入らなくなるんです」
ピッチングコーチの竹田は、申し訳なさそうに言った。
「そうだよね……普段は、みんなあんなにいいピッチングしてるのにね~……」
監督は、決してピッチャーをけなすことは言わなかった。
「……それに、ここ一番、肝心な時に、エラーをしてしまいます。エラーの数より、ファインプレーの数が多い選手たちなんですけど……」
守備コーチの谷地もとても暗い声だった。
「バッティングも……自由に打ってる時は、調子がいいのに、サインが出たら急に緊張して失敗することが多いんです。決して、バントができないとか、外野フライが打てない選手じゃないんですよ!」
横先バッティングコーチは、他のコーチとは少し違っていた。反省点を見つけて元気がなくなるのではなく、なんとなく目がギラギラしているのだ。新城監督もそのことに気付き、横先に尋ねた。
「おや? 横先コーチ、選手の弱点を見つけているのに、なんだか嬉しそうだね?」
「はい、監督! 俺、今回、タマ子ちゃんとちょっと関わらせてもらって、分かったことがあるんです」
「おや? それはなんですか?」
「タマ子ちゃんは、野球をまったく知りません! だから、野球で勝つとか負けるとかもよく分からないんです。それに、『ピンチだから○○をしなきゃならない』とか、『普通は、こういうプレーをするよな』とか、『相手が、○○をしてきたらどうしよう』とか、まったく知らないし、分からないんです」
「ほう、それじゃあ、試合には負けるんじゃないかい?」
「いいえ、そうじゃなかったんです。この間、バント処理の練習をしたときなんか、今の状態から自分は何をすればいいか自分で考えて、ちゃんと自分で動いて、ダブルプレーで2つのアウトを取ったんですよ! 凄いじゃないですか!」
横先は、珠子の話をしながら、だんだんと嬉しさが込み上げてきていた。それは、彼の周りにいた他のコーチたちにも十分に伝わっていた。
「でもさ……横先コーチ、うちの選手たちは、そんなことは簡単にやってのけるんじゃないかい?」
「いいえ監督、さっきも他のコーチが話していたと思いますが、うちの選手は、知っているからこそ、考え過ぎるんです。考え過ぎるからこそ、余計なことを考え、大事なことを見過ごすんです。……肝心な時にです!」
「………………」
監督は何も言わず、その場にいたすべての人を黙って見渡した。コーチたちはもちろん、スコアラーやトレーナーも、「う~ん……」と頷いている者が多かった。
最初に反対の意見を示した森元ヘッドコーチも頷きながら何かを考えているようだった。
「新城監督!」
横先は、元気に右手を挙げた。そして、他のみんなにも聞こえるように、大きな声で先を続けた。
「俺にはうまくできるかどうかは分かりません。それでも、俺にも、タマ子ちゃんに野球を教えさせてください! 俺の技術を教えることが目的じゃなく、タマ子ちゃんに野球を教えることで、タマ子ちゃん自身が何を考えるのかを知りたいんです。野球をまったく知らないタマ子ちゃんだからこそ、俺のコーチとしての力が試されるような気がするんです」
もう一度、新城監督は辺りを見渡しながら、静かに言った。
「もちろんさ。頼むよ、横先君! ……それに、他のコーチの諸君、いやここにいる関係者の諸君! ぜひ、自分の力を試してほしい! …………そうすれば、きっと選手たちも君たちの意図を汲んでくれるようになるんじゃないかな。たぶん、それが、選手の力を引き出すことになると、僕は思うんだよね……」
「な! みんな、やろうぜ! タマ子ちゃんに野球を教えよう。タマ子ちゃんが、楽しそうに野球をやれば、選手たちだってきっとつられていい成績を残してくれるよ! なあ! みんな!!」
「おう! 横先! お前の言うことはもっともだ! 俺たちは、いつしかプロ野球の選手はこうあらねばと思い込んでいたのかもしれんな! タマ子ちゃんに関われば、俺たちの考え方も変わるかもしれんということだな!」
「はい! 森元ヘッドコーチ!」
「……それにな、実は、俺もタマ子ちゃんを見たときから思っていたんだよ。こりゃ、孫娘に似ておって、可愛いじゃないかとな! あははははは!」
嬉しそうな横先コーチの声かけと楽しそうな森元ヘッドコーチの笑い声もあり、この特別会議室に集まった人たちは、なにか共通の目標が見えたような気になった。そして、いつしかみんなの視線は、大きな窓の外に広がるグラウンドで汗を流す選手たちに注がれていたのだった。
(つづく)




