35 第2章第22話 反省と切り替え
「ふぇ~~……あれ~???……あ! そっか~! う~ん……1点取られっちゃったよ~」
珠子は、ホームベースを目の前にして、しゃがみこんでしまった。両手で頭を抱えて、なんともいえないおかしな声を上げていた。
―― ポン ――
そこへホームから近寄って来た多澤が、ミットで軽く珠子の頭を叩くと、笑顔で言った。
「あははは、タマ子ちゃん、セカンドにもランナーがいたんだけどなあ~、熱くなって忘れたのかな?」
「んも~……まさか、2塁のランナーまで突っ込んでくるなんて思わなかったのよ~」
多澤は、どうもこの状況をはじめから予想していたようだった。笑顔は、それを十分に物語っていた。
サードにいた徹子もそばに来たが、彼女はいたって真面目な顔で珠子に話した。
「タマ子、あのね、野球ってみんなギリギリのところで選択してるの。2塁ランナーは、3塁にさえ進めればOKじゃないのよ。ちょっとした隙を感じて、ホームを狙ったのよ」
珠子は、そう言われてちょっと考えてから、思い出すように言った。
「えっと……テツ子さん、その隙って……あたしのやった1塁送球ですか?」
「そうね。あの時、タマ子は、一度も私の方……つまり3塁の状況を確認しなかったわ」
徹子は、決して厳しい言い方はしていなかったが、一つ一つ明確に確認していた。多澤も、徹子の指摘には頷きながら肯定したのだった。
「そうだな。一度でも、3塁の方を向いて確認すれば、ベースを少し回っていた斉藤だったらすぐに3塁ベースに戻っていたはずだ」
珠子は、たった一瞬の行動でも、得点につながる大きな分岐点になることを改めて感じた。ただ、それが、野球の面白さであることも、実感として理解できたような気がした。
「さあ、続きの反省会は、また千秋ラーメン屋にでも行くか?」
「え? ああ! いいですね! あたし、お腹ペコペコです!」
「おお、急に元気になったな、タマ子ちゃん! そうそう、そうやって自分で切り替えるのも大事なプロ野球選手の技術だぞ!」
笑顔で立ち上がった珠子の様子を見て、多澤はまたもや嬉しそうにタマ子の頭をミットで撫でた。
先日の秘密会議のメンバーは、また千秋ラーメン屋に向かった。今日、最初から手伝ってくれた杉田と斉藤も誘ったが、午後からはグラウンド整備の仕事があるからと言って、ここで分かれた。
珠子は、2人に向かって深々と頭を下げてお礼を言った。合わせて、バント練習に付き合ってくれたり、様子を見て応援をしてくれた整備員の人たちにも笑顔を振りまきお礼を言っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……でも、よくバットが折れなかったよなあ~」
4人は、この間と同じように千秋ラーメン屋の個室に入って、注文を済ませた。そして、おもむろに横先は、そんなことを呟いた。
「ん? そりゃ、お前の打ち方に秘密があるんだよ」
お絞りで、手だけじゃなく顔も拭きながら多澤は、当たり前のことのように言った。
「どういうことなんですか?」
「おや? テツ子なら、分かると思ったんだけどな。……お前、バントする時は、バットを思いっきり振るか?」
「そんな振り方する訳ないじゃないですか。バントは、出来るだけボールのスピードを弱めて、野手がボールを処理するまでの時間を稼ぐんですよ」
「へ~そうなんだ。でも、ボールの勢いが弱いと、かえって捕りやすくなるんじゃないですか?」
「タマ子、よく考えてご覧なさい。なんのためにバントするの?」
「えっと……ランナーを進めるために、自分は……アウトになる? あ! そっか、時間稼ぎなんだ!」
「そうよ、できるなら、突っ込んできたサードやファースト、それにキャッチャーやピッチャーからも、ある程度の距離のところでボールを止められれば最高なの。そうすれば、ボールをキャッチして、ファーストへ投げるまでの時間がかかるわ」
「そっか、その時間でランナーは、次の塁に余裕で進めるということなんですね」
「そうだ、それでだ…………テツ子、そんな打球を打つために、お前ならどうする?」
「そりゃあ、私だけじゃなく、みんなもそうだとおもうけど……スイングしないし、当たる瞬間に少し引いて衝撃を逃がすわ……!! そっか!」
「え? テツ子さん、それって、どういうことなんですか?」
「あのね、タマ子。あなたの投球で投げられるボールは重いの。でもね、バットが折れるのは、ボールの重さだけじゃないのよ。打つ瞬間にバッターの力も加わるの。あなたの力とバッターの力が合わさるから、バットが折れるのよ!」
「そうだぞ。バッターは、ただでさえ速いピッチャーが投げるボールを打ち返すつもりでバットを振るんだ。ホームランを打てるくらいの力のバッターなら、なおさらバットに加わる力は凄いものになるはずさ」
「そっか……でも、バントは、力を伝えるんじゃなく、逆にピッチャーが投げたボールの力を受け止める……吸い取るみたいなものなのね」
「ほほ~タマ子ちゃん、面白いことを言うな~、あはははは……」
「そうなんですね。じゃあ、バットを折らずにタマ子ちゃんのボールを打ち返すことも夢じゃありませんね!」
「何言ってんの? 横先さん。あなたの打ったボールは、タマ子に捕られて、ダブルプレーになったじゃない! まあ、1点は入っちゃったけど……」
「えへへへ……そうでした。あのボールをヒットゾーンに打つのは、難しいよなあ~……」
―― ス、スウーー ――
「お待たせしました~…………」
横先のバントしたボールの行方を思い出していると、お盆に乗せられたラーメンが運ばれてきた。お腹が空いたのか、今日は全員チャーハンセットだった。
「あたし、ここのチャーハンも好きなの! ラーメンによく合うのよね!」
「俺は、チャーシュー麺だぞ。このチャーシューをチャーハンに乗せて食うのが最高なんだ!」
「え? 横先さん、何やってんですか?」
「何って?……チャーハンを……レンゲですくって……ちょっとだけラーメンのスープに浸けて食べるんだよ。美味いぜ!」
「ん、もー。ラーメンのスープとチャーハンは、別々に食べるんです!」
徹子は、横先の食べ方に文句をつけていたが、自分もラーメンの麺でチャーハンを包んで食べていたのだ。
今日は、珠子のケアや各自の着替えもあり、千秋ラーメン屋に入ったのは14時を回っていた。全員、空腹だったとみえて、一度食べ始めるともう誰も話さなかった。
そして、全員が食べ終わると、ようやく多澤が口を開いた。
「あのな……タマ子ちゃんのボールな。誰も打てないとは限らんぞ……」
「え?」
「……いつかは、誰かが、工夫して打ってくるかもしれん。それがプロ野球っていうもんだ」
「そうですね……プロ野球に、『絶対』は、ないんですよね……」
「……紅白戦まで、あと10日ほどだ。その後は、オープン戦が始まり、すぐにペナントレースがやってくる。ぼやぼやしている暇はないぞ!」
「そうですね……とりあえず、タマ子、明日からは守備の練習もするわよ!」
「はい! テツ子さん」
そこにいた4人は、それぞれ次の目標を見つけたような顔をしていた。
(つづく)




