表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/52

32 第2章第19話 スクイズ

 それから、珠子(たまこ)たち5人の練習は繰り返された。


 ランナーを2塁や3塁に置いての牽制(けんせい)練習。セットポジションからの投球練習。そして、ストライクコースから外す練習。様々な状況に応じた練習をこなした。


 もうそろそろ昼になろうかという時、グラウンドに入って来た男の姿を見た多澤は、腰をさすりながら立ち上がり、声を張り上げた。


「お~い、横先! 午前中、最後の練習にちょっと付き合え!」


「はい! もちろんそのつもりで来たんですよ! 何をやればいいですか?」

「お前、バッターになって、バントしろ!」


「バントですか? でも、バットが折れちゃうんじゃないですか?」


 横先(よこさき)は、先日珠子のボールを打って、バットをへし折られたのを思い出した。


「な~に、たぶん大丈夫だ。いいから、バットを用意しろ! …………みんな、これからバント処理の実践をやるぞ! 杉田、3塁ランナーだ。横先が、バントしたら迷わず突っ込め。斉藤、お前は2塁ランナーだ。3塁の杉田が走ったら、お前も走れ。それから、テツ子、お前はサードだ。何をやればいいか分かっているな!」


 全員の配置を指示した多澤は、徹子にだけは詳しくは言わなかった。


 徹子は、サードとしてのバント処理に関しては分かる。しかし、珠子は……彼女は『バント』そのものが分からないのではないかと思った。あまりにもピッチングで伝えるべきことが多く、守備のことなどまだ一つも話題にしていなかったのである。


「ええ、それくらいは……。でも、タマ子は、きっと何もできないと思いますよ。それに、バントなんて、まだ教えてないですからね」


 すると多澤は、少し笑みをこぼしながら珠子に尋ねた。


「お~い、タマ子ちゃん、『バント』って知ってるか?」


 すると珠子は、自信満々な顔をして答えた。


「もちろん知ってますよ、多澤さん! ドラムとかギターとか、それから歌を歌う人……確か、ボーカルって言いましたよね。何人かで、曲を演奏する人たちですよね~」


 真面目な顔で答える珠子だったが、多澤は思わず吹き出しそうになってしまった。


「ふふぁはははは……そりゃ、『バンド』だよ。そうじゃなくて、野球の『バント』だ」

「ええっと……あ! 夜に試合をやることですか?」


 すると珠子は、ちょっと考えて、また閃いたという顔で答えた。


「夜? ……なんだ? そりゃ?」


 今度は、多澤の頭の中が、『?』でいっぱいになった。


「タマ子、それは、『晩と……』でしょ!」


 すかさず、徹子が助け舟を出す。珠子の答えの意味を説明するが……


「テツ子、『晩』って、『夜』って意味のか? それに、『と』って、何だよ!」


 やっぱり、多澤にとっては謎の答えだった。




「違うんですか~……」


 珠子は、いつもの沈んだ表情になってしまった。


 ただ、多澤は、一向に気にも留めずに話を前に進め出した。


「あ、ああ、もういいから、初めから教えるぞ。……『バント』っていうのは、バッターが、初めっからアウトになることも覚悟してボールを転がし、ランナーに走る余裕をつくることなんだ」


「ええ、ワザとアウトになるんですか?」


 珠子にとって、意図してアウトになることが、ルールとして納得がいくものではなかった。


「例えばだな、今、ランナーが2塁と3塁にいるんだ。アウトカウントは、ノーアウトだ。もし、バッターがボールを転がしてサードが取って1塁へボールを送ったとしたらどうなる?」


「そりゃ、1塁でバッターはアウトになって、1アウトです」

「そうだな。つまり、まだチェンジにはならないんだ」

「そうですね……」


「でもな、サードがボールを拾って1塁へ投げている間に、3塁ランナーがホームに突っ込んできたらどうなる?」

「ホームに突っ込む?……あ、ホームを狙って走るということですね」

「そうそう」


「えっと……たぶん、ボールは1塁へ投げられてるから、3塁ランナーはホームに生還してきて…………あ! 1点入るんだ!」


 珠子は、得点できることに気がつき、晴れやかな顔に戻った。


「そうだ、よくできたな。これが、スクイズだ。1アウトと引き換えに1点をもぎ取る作戦なんだ」

「分かりました、多澤さん。盗塁でも、する場所によっていろいろ意味が変わってくるということなんですね」

「そうだ、タマ子ちゃん。野球っていうのはな、すっごく複雑なんだよ」


 多澤は、意図的に結論を珠子に振っていた。すべてが決まったことのように教えることはしなかったのである。珠子は、教わった野球のルールを照らし合わせて、答えを導き出すことに、なぜか面白さを感じ始めていた。


 その時、徹子が何かを珠子に伝えようとした。


「タマ子! それから、バントされたボールは、あな……」

「ストッーープ、テツ子! それ以上言うな! 他のみんなも黙ってろ! いいな! さ、それじゃ、バント処理の体験だ!」


 徹子の伝えようとした内容を多澤は、いち早く気付いて止めたのだ。珠子に結論を与えるのを嫌ったのだ。




(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
バント処理も難しいし、3バントとか、細かいルールも多いですよね〜。 (・∀・) タマ子が野球を知る楽しみを覚えてくれたようで何より。 (*´ω`*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ