31 第2章第18話 ランナー1塁
「よし、じゃあ、早速試してみるか? 斉藤! お前は1塁手だ。杉田! お前、1塁ランナーをやれ。テツ子、お前は2塁手だ! さあ、位置につけ!」
「多澤さん? あたしは?」
「タマ子ちゃん、何を言ってるんだよ? タマ子ちゃんが、ピッチャーやらないで誰がやるの?」
「あははは……そ、そうですね」
多澤が連れて来た今はグラウンド整備の班長である斉藤は、内野手ならどこでも守れるユーティリティープレイヤーだった。ただ、その便利さ故に交代要員としてしか見てもらえなかった。同様に、杉田は、足の速さはあるもののバッティングに精彩を欠き、やはり1軍で活躍する機会はなかったのである。
「みんな、位置についたな! 杉田、隙があったら走っていいぞ!」
「ホントですか? 多澤さん。こう見えても、今でも早朝のランニングは欠かさないんですよ!」
「おう、そうだと思ったぜ。お前の腰回りを見れば分かるんだ。まだまだ、筋肉が落ちちゃいないからな」
「多澤さん、俺だって、ちゃんとキャッチボールは続けているんですよ! まあ、相手は、小学生の息子ですけどね!」
「いいじゃないか、斉藤。お前は器用な奴だったからな。…………タマ子ちゃん、ノーアウト、ランナー1塁だ。バッターがいるつもりでやってくれ!」
「はい! 多澤さん!」
珠子は、一度まわりの状況を自分の目で確かめてから、軸足の右足をプレートの前に平行に置いてセットポジションを作った。
「おお、いいね~。ちゃんとセットポジションができてるじゃないか!」
多澤は、キャッチャーとして構えながら珠子に声をかけた。同時に、1塁ランナーの杉田が、少しずつリードを取り始めた。
「(隙のないフォームだな……試しに、誘ってみるか?)」
杉田は、少しずつリードを大きくしていった。そして、杉田は、自分の身長ほどの距離までリードを広げた時、珠子は動いた。
軸足が瞬時にプレートから離れ、無駄な動きは一つもなく、珠子の右手からボールが投げられた。
―― バシッ! ――
強烈な音と共に、杉田も一塁ベースに頭から滑り込み左手でベースに触れた。
「セーフ!」
キャッチャーの多澤は、審判役もこなした。
「(やっぱり、テツ子さんの言った通り、身長ぐらいの距離なら一瞬で戻れちゃうのね。大体、リードの見当はついたわ! 次に、あれより大きくリードしたら、絶対にアウトにしちゃうから!)」
珠子は、もう一度1塁の方を見てから、再びセットポジションについた。
「(ほう~……やるね~。今ので、タイミングを計ったんだ。確か、野球は素人だって多澤さんが言ってたけど、どうしてどうして。迂闊なリードをしたら、アウトになるかもな。……ただ、今の多澤さんだったら……)」
杉田は、再びリードを始めた。ところが、先ほどの牽制を受けた場所より先へは進まなかった。ただ、2塁をチラチラ見ながら、体勢をより低くし、ピッチャーの珠子に集中していた。
「(えっと……ランナーが、走る様子がない時は、思い切って、素早くキャッチャーに向かって投げる……確か、そうだったわよね)」
珠子は、セットポジションから、今度は素早く腕を振った。左足は、できるだけ上げずにまっすぐキャッチャーの方に滑り出すように踏み出して踏ん張った。
ボールは、真っすぐキャッチャーの多澤の方に向かった。
同時に、杉田がスタートをかけた。腕を振り、足を素早く動かした。目線は、2塁ベースだけを見ていた。
―― バシッ! ―― 「そりゃ!」
ボールがキャッチャーミットに収まると同時に、多澤はヒョイと跳び上がり瞬時に足を前後に構えた。下半身がしっかり固定されると、ミットを胸元へ引き寄せ、素早くその中のボールを2塁の徹子にめがけて投げた。
―― ビューーン ―― そんな音が聞こえるような気がするほど、ボールは一直線に伸びていった。
徹子は、2塁のベース横、ほんの少しだけ1塁よりに向かって飛んできたボールをなんなくキャッチし、そのまま走り込んで来た杉田のスパイクにタッチした。
「アウトー!」
「ええ? 多澤さん、なんですか? 今の速球! まだ、そんなボールが投げられるんですか?」
タッチアウトになった杉田は、驚いて多澤に大声を飛ばしていた。
「あははは、どうだ、参ったか! 俺だって、1回や2回ぐらいなら、まだまだいけるんだよ!」
「凄いよ! 多澤さん! あたしのボールより速いような気がする!」
「お! そりゃ、嬉しいね。タマ子ちゃんにそう言ってもらえると、俺、調子に乗るかもよ! あはははは。……それにしてもタマ子ちゃんだって、セットポジションからも、いいボール投げてたな~」
そうは言いつつも、腰のあたりをさすりながら、ゆっくり伸びをする多澤だった。
(つづく)




