25 第2章第12話 無敵のボール
「おう! こっちだ、こっちだ」
珠子と徹子が、千秋ラーメン屋の暖簾をくぐると、小上がりの障子を開けて多澤が手招きした。昼を少し回った時間だったが、カウンターもテーブル席もいっぱいだった。ただ、店の奥にある3畳ほどの小上がりは空いていたようだ。
「多澤さん、よくここに入れましたね」
「な~に、ここのマスターとは、仲がいいんだよ。電話一本で、空けておいてくれたのさ。ここは、狭いけど壁や障子で囲まれているから、秘密の会議にはもってこいだろ?」
「うふふふ、流石です!」
4人は、それぞれ定食やラーメンを頼んでから入り口の障子を閉めた。
「さあ、それじゃあ、タマ子ちゃんのボールの秘密を教えてもらおうかな……」
横先も唾を飲み、真剣な目で徹子を見た。ところが、珠子も、真面目な顔をして徹子を覗き込んでいたんだ。
「なに、タマ子まで真剣な顔してんのよ。あなたは、もう知ってるじゃない」
「えへへ……だって、何度聞いてもよく分からなくて……」
徹子は、呆れたようにひと笑いしてから、説明を始めた。
「な~に、簡単なことなの。タマ子の投げるボールは、ジャイロ回転をしてるの。だから、ボールのスピードは落ちにくいし、バットにかかる荷重も大きくなるのよ。分かった?」
徹子の説明を聞いた3人は、返事も出来ずにポカンと口を開けたまま固まってしまった。
「えっと……だから、タマ子ちゃんの投げたボールは、重く感じるのか?」
「まあ、タマ子のもともとの体幹の強さが、すべてボールに乗っているということもあるとは思うんだけど……その辺は、私にもよく分からないの」
「ね、分からないでしょ! あたしは、何回聞いてもさっぱり分からないの! どうして、これでバットが折れるのか、不思議で仕方ないのよね」
まるで他人ごとのように珠子は言うのだった。
「これが、秘密ってわけ。どう? 分かった? って言っても、自然にタマ子がやってることで、分かったところで、バッターはどうしようもないと思うのよね」
「確かになあ~……テツ子の言うのも分かるが……」
多澤にとっても、これは珠子のボールを投げる時の癖としか言いようがないような気がしていた。
「私に言えるのは、ここまでなの。後は、まだ全然分からないってことなのよね。…………あ、ラーメンができたみたい。続きは、食べてからにしましょう!」
徹子がそう言うと障子が開けられ、それぞれが頼んだ食事が運ばれて来た。徹子と珠子は味噌ラーメン、横先は醤油ラーメン、多澤は醤油ラーメンとミニカツ丼だった。
「よし、じゃあ、食べましょう!」
「「「 いっただきまーす! 」」」
徹子の合図でそれぞれが目の前の食事を美味しそうに見つめながら声を合わせた。しかし、横先だけはじっと醤油ラーメンの茶色いスープを見つめながら、ブツブツと何かを呟いていた。
「どうした? 横先、食べないのか?」
すると、横先は不意に顔を上げてみんなを見回し、真剣な顔をして言い放った。
「……ダメじゃないですか。……タマ子ちゃんの力の乗ったボールだったら、バッターが打とうとしてバットを振れば振るほど、ボールへの負荷が増すんだ! だから、強く振る打者ほどバットが折れてしまうんだ。タマ子ちゃんのボールは、打とうと思うほど、飛ばないってことなんですね!」
横先は、なぜ新城監督が珠子の投げるボールが凄いと気がついたのか、ようやく分かった気がしたのだった。
(つづく)




