22 第2章第9話 ピッチャーの基本
「なあ、タマ子ちゃん。まずは、お前さんにストライクゾーンを覚えてもらう必要があるんだ」
「ストライクゾーン? ですか……」
珠子は、またも意味の分からない言葉を聞いて、頭の中に ? がたくさん浮かんでいた。
「あのね、タマ子。ピッチャーはどこに投げてもいい訳じゃないの。まあ、バッターが何でも空振りをしてくれればいいんだけど、そんなバッターはいないわ」
「そうなんですか……」
「そうだぞ。そこでだ、まず、バッターが何もしなくてもピッチャーが勝てる場所がストライクゾーンだ。……それでだ……あ~……」
「多澤さん、ストライクゾーンの説明は私が……」
「あ、ああ、頼む、テツ子」
多澤は、難しい説明が苦手なのか、頭を掻きながら徹子に任せた。
「いい、タマ子。ストライクゾーンっていうのは、そこをボールが通り、バッターが何もしなければ『ストライク』っていうの。1人のバッターは、ストライクを3つ取られるとアウトになるの」
「そっか……アウトが3つになると攻守交替になるというのは、つまり3人のバッターがピッチャーに負けたってことなんですね。」
どうも珠子は、ピッチャーとバッターの対決を勝負と考えているようである。確かに、新城監督も珠子を説得する時に、『勝負に勝つためには……』と何度も言っていたので、印象に残っているようである。
「とりあえず、そのストライクゾーンをタマ子が覚えて、そこにボールを投げられれば大関門は通過ってことなの。それで、そのストライクゾーンというのは、ホームベース上の立体的な空間を指すのよ」
「ホームベースって、バッターが立ってる場所にある白い五角形の板ですよね」
「そうよ」
「その上空って…………」
「ああ、ただし、上限と下限も決められているの。いずれもバッターの体格で決まるのよ。上限は、肩の上部とズボンの上端の中間点であり、下限は膝頭の下部となってるわ」
「えっと……ちょっと待ってくださいよ。バッターの体格で上限と下限が決まるということは、みんな違うんですか?」
「そうだ。つまりな、そのストライクゾーンっていうのは、そのバッターが打ちやすい高さやコースを基準に決められているんだ」
「え? 横先さん、ピッチャーって、わざわざ打ちやすい場所にボールを投げなきゃだめなんですか?」
「そうだ。例えば、顔の辺りの高いボールをバッターが打っても、上手くはいかないんだ。飛ばなかったり、守備の人たちに捕られてアウトになったりしてしまう。だから、バッターは、できるだけストライクゾーンじゃない場所に投げられたボールは何もしないで見逃すんだ」
「バッターが何もしないで見逃したらどうなるんですか?」
「それを『ボール』っていうの。投げる『球』のことじゃなくて、『ストライクゾーンじゃない』という意味ね」
「え? そうなんですか? うっわ、同じ『ボール』でも、全然意味が違うんですね! 紛らわしいから『ボール』じゃなくて『デスライク』とかにすればいいのに……」
「えっと、タマ子? 『ストライク』という言葉は、外国語だからそのまま覚えなきゃダメなのよ」
「な~んだ、じゃあやっぱり、『ストライク』と『ボール』って覚えなきゃダメなんですね」
「それにね、タマ子ちゃん、『ボール』が4つ貯まると、バッターはもれなく1塁に行けるんだ」
「え? それじゃあ、バッターは打ちにくい球は、打たなくていいってことなんですか? 横先さん!」
「ああ、そうだよ。だから、バッターはピッチャーの投げた球が、『ストライク』か『ボール』をよく見て判断するんだ」
「あ、でも、ピッチャーの投げた球は、大体0.4秒でバッターに届くけど、バットを振るのに0.2秒かかるから、最後まで見てたら打てないんだったわよね」
「あら、タマ子ったら、よく覚えていたわね」
「あたしは、1回体験したことは、ちゃんと覚えているんですよ!」
珠子は、新城監督や徹子と一緒に、投げたボールの軌道や速さを分析した時のことを思い出していた。
「まあまあ、タマ子ちゃん。だからね、バッターはピッチャーが投げた球の軌道を途中で予測してバットを振るんだよ。でも、その予測は、ストライクゾーンだったとしても、高めか低めか、インコースかアウトコースか、はたまた途中で変化するのかしないのか、なんてね。もちろん、ストライクゾーンじゃないと予測したらバットは振らないよ」
「そうなんですね。……あ! 横先さん、あたし分かりました。ストライクゾーンの中でも、投げる場所は無数にあるってことなんですね。しかも、ちょっとズレただけで、ボールゾーンにも投げられるんだ!」
「おお! よく分かったなタマ子ちゃん! 初めは、それだけ分かって、投げ分けができれば十分だ。多分、紅白戦では、それが大切なんだよ!」
「はい! 分かりました多澤さん!」
「よし、じゃあ、テツ子はタマ子ちゃんのそばにいて、コースの見方やバッターのゾーンの見方を教えてくれ。そして、横先はバッターだ! 振らなくていいから、いろいろな構えで立ってろ。もちろん、お前は左バッターだけど、右にも立つんだぞ!」
「ええ、分かったわ!」
「分かりました、多澤さん!」
「それから、タマ子ちゃん。いいか、今の投げ方をしっかり覚えろ! ただ、投げるんじゃなく、どの指をボールのどこに乗せてるか、投げる瞬間に手首や肩のどこに力が入っているか、できるだけ細かく感じて覚えるんだ!」
「はい、分かりました!」
いよいよ始まった珠子の練習。徹子のアドバイスを受けながら、一球一球大切に多澤のミットに投げ込む。そのボールをしっかり見つめながらバッターボックスに立つ横先。2週間後に予定されている紅白戦を目指して、4人はそれぞれの役割を果たそうとしていた。
(つづく)




