20 第2章第7話 変化球って何?
「なあ、ちょっと待てよ。………………## あ、俺だ。今、暇だろ?……」
多澤は、珠子と徹子を待たせて、スマホを取り出してどこかに電話を始めた。電話が終わると、多澤はニタッと笑って2人に話し出した。
「なあ、タマちゃんよ。お前さんは、面白い球を投げるじゃないか。でもよ、野球を知らないってことは、ピッチャーの基本的な知識も技術もないってことなんだろ?」
「はい! あたしは、去年新城監督と会ったときから、何でもいいからキャッチャーのミットを目がけて投げなさいって言われただけなんです」
「まったく、あの監督は無茶ばっかり言うからなあ~」
多澤は、半分呆れたようにヘルメットをとって頭を掻きながら、徹子に視線を送った。呆れるというのは、徹子も同じように感じるところだったみたいで、軽く頷いていた。
「ピッチャーが、最初に覚えなければならないのは、何だと思う? なあタマ子ちゃん……」
「えっと……」
珠子は、ちょっと考えてから、思い出したように元気に答えた。
「変化球とかですか?」
珠子は、真面目な顔でそう答えた。
「変化球か……。なあ、どうしてそう思うんだ?」
「去年、新城監督に会ってから、プロ野球の試合をテレビでよく見るようになったんです」
「え? まだ、キャンプ前だから、どこも試合なんてやってないぞ」
「ああ、えっと……ネットとか検索すると、なんかプロ野球のような名前のチームが試合してるのを見つけたので、ちょっと見てみたんです」
「あ、まあ、そういうのもたくさんあるからな……それで?」
「あの~……、実況の人が、ピッチャーがボールを投げるたびに『カーブ』とか『フォーク』なんて言うんですよ。他にも、『ストライク』とか『ボール』なんて言うんです。最初は、何を言っているか分からなかったんですよ。だって、『ストライク』とか言っても、投げてるのは『ボール』なんですよ。『カーブ』とか言っても、やっぱり投げてるのはボールなんです。『ボール』以外のものを投げてるピッチャーなんかいませんから」
「あはははは、そりゃそうだ。まあ、時々グローブを投げるピッチャーもいるけどな」
「親分! 冗談を言ってもタマ子には分かりませんよ。本当にボールの代わりにグローブを投げたら、どうするんですか?」
そばで聞いていた徹子は、ちょっと目を吊り上げて文句を言った。今の珠子には、到底理解できない話だと分かったからだ。
「そ、そうだな……すまん。タマ子ちゃんには、変化球はまだ早いわ。しばらくは、このままのスタイルで投げさせてくれ、いいなテツ子」
「分かりました、親分」
そんな話をしている徹子の袖を珠子が引っ張って小声で尋ねた。
「テツ子さん、……あの~……『親分』って……多澤さんって、野球の関係者じゃなくて……その、どこかの、偉い人なんですか?」
「え? あ、そっか……タマ子は、『多澤親分』って知らないものね。……あのね、多澤さんって、昔はとっても成績優秀なキャッチャーだったの」
「おいおい……だったって? そりゃな……」
「しっ! いいから、黙っててください。まだ、説明途中! ……えっと、多澤さんは、どんなピッチャーでも、うまくリードして勝たせることができたの。それに、バッティングも良くてね。何度も首位打者のタイトルを獲得していたわ。」
「へえ~そんな凄い人だったんですか……」
「そうよ。それで、その当時は、みんなが多澤さんを尊敬して慕っていたの。誰からともなく呼び名も『多澤親分』って、呼ばれるようになったのよ。そうですよね、多澤おやぶん!」
「あ、まあ……そんな感じかな……」
またも、多澤は厳つい顔を崩しながら照れていた。
「うっ、あっ、おっほん……そんな昔もあったな。でも、今は、2軍専用のブルペンキャッチャーだよ。もう親分なんて呼ぶ人はいないよ」
「いいえ、私の中では、今でも『多澤親分』なんです。あの時、教えて頂いたことを今度はすべてタマ子に教えるつもりなんです。どうか、多澤親分も協力してください。お願いします!」
徹子は、真っすぐに多澤の方を向いて、丁寧に頭を下げたのだ。
(つづく)




