19 第2章第6話 暇つぶし
「ちょっと待ってろ! ミットを取り換えてくるから!」
そう言うと多澤は、自分の持ってきたバッグの中をゴソゴソと漁った。そして、使い古されたミットを取り出してそれを左手にはめた。
―― バシッ! バシッ! ――
「よし、これなら大丈夫だろ。……さあ、もう一回投げてみろ!」
多澤の取り出したミットは、今まで使っていたものよりも古そうな感じはしたが、パッドが厚く、全体サイズもひと回り大きかった。
「これをまた使うようになるとは思わなかったな。……あいつの球を受けて以来か」
多澤は、ミットを拳で叩きながら、独り言のようにつぶやいた。
「それじゃあ、いきますよ~……」
珠子は、またピッチャープレートの上に立ってから、ゆっくりとモーションを始めた。両手を頭の上まで振り上げるワインドアップモーションだ。
肩を回し、本人は思いっきり投げているつもりの投球……。
―― バッシーーーーン!! ――
「ストラーイク!」
「ふうー、まあ、これなら何とかなるかな。……それにしても、何だ? お前の投げる球は?」
「えっと……『何だ?』って言われても。あたしは、これしか投げられなくて……」
「ん? お前は、ピッチャーじゃなかったのか?」
「多澤さん、彼女は、ピッチャーどころか、野球をやったことがなかったんですよ」
「ホントか? テツ子! まあ、素人にしちゃ、面白い球を投げるとは思うけど……」
多澤は、半分呆れたようにマウンドの珠子を見てつぶやいた。
「それですね、とりあえず新城監督からは、再来週から始まる春季キャンプでの紅白戦で、デビューさせたいって言われたんです」
「なんだって! あと2週間も無いじゃないか! まったく、あいつらしいって言えばらしいんだけどな。ホントに無茶言いやがる!」
多澤は、呆れを通り越してしまった。
「まあ、最初は、試合の締めで、最終リリーフとしての登板を予定しているようなんですが、なんとかそれまでにピッチャーとしての基本を教えなきゃならないんです」
「あ~あ……まあ、それはそうなんだろうけど、俺はそんな面倒くさいことはできないぜ! テツ子なら俺の性格を知ってるだろ?」
2週間でピッチャーの基礎を叩きこむ指導など、自分には出来るはずもないと思った多澤だった。
ところが、それは最初から分かっていたみたいに、徹子は多澤にお願いしたいことだけ伝えた。
「大丈夫です。細かいことは私が教えますから。でも、タマ子の球を受けるのは、私には無理なんです。だから、多澤親分には、その……キャッチャーを……お願いしたい……と、……思ってるんです。ダメですか?」
「ふんっ、テツ子の頼みを断れるわけがないだろ。俺は、暇なんだよ! いくらでも付き合ってやるよ! ……ただし、面倒くさいのはイヤだからな。細かいことは全部テツ子がやってくれよ!」
多澤は、半分は諦めたのか、それとも珠子の存在を面白く感じたのか、とにかく徹子の提案を受け入れたのだった。
「はい! 分かりました!」
「……よろしくお願いします! 多澤親分!」
珠子も、徹子の真似をして、マウンド上から多澤に呼びかけ、帽子をとって頭を下げた。
「おう! 面白そうだから、付き合ってやるよ、タマ子ちゃん!」
「ありがとうございます!」
明るく元気な珠子の声が、北海道ミルクファイアース2軍球場である花﨑須田瑠濱ドーム球場に響き渡った。
(つづく)




