14 第2章第1話 初めの一歩
「それじゃあ、さっそく練習をするわよ、いいわね、タマ子!」
「はい、テツ子さん!」
徹子と珠子は、さっきまでいたグラウンドへ戻り紅白戦に向けての準備を始めようとした。
「それじゃあ、テッちゃん、後はよろしく。キャンプイン初日に旭山球場で待ってるよ」
「分かりました、新城監督。……練習の経過報告は必要ですか?」
「いや、すべて君に任せるよ。僕はね、もう一仕事あるんだ。……あ、そうそう、明日からは親分にも来てもらうから、タマちゃんの球を受けてもらってね」
「え? 多澤さんですか? 大丈夫ですか?」
「何言ってんの? 彼は、超ベテランだよ。タマちゃんの球ぐらい平気だってば!」
「あ、いえ。そうですね、タマ子の球は、多澤さんぐらいしか受けられないですもんね。……ただ、心配なのは、年齢で……」
「大丈夫、大丈夫! 彼は、元気だよ~!」
そう言って、新城監督は2軍の花﨑須田瑠濱ドーム球場を後にしたのだった。
それから、珠子と徹子は、2人だけでグラウンドに立った。マウンドから周囲を見渡して、徹子は深呼吸をしてから言った。
「最初にどうしても覚えてもらわなきゃならないのは、名前なの!」
珠子は、真剣な顔で徹子の話に耳を傾けた。ただ、マウンドの上に立つ姿は、どう見ても野球の練習をはじめるようには見えなかった。スカートにブラウスとカーディガン、それにパンプスを履いていた。これで、さっきはあんなに力強いボールを投げたとはどうしても思えなかった徹子だったが、今は体を使う練習をするつもりはなかったので、あえて着替えは要求しなかった。
「名前ですか……? えっと、あたしは、北白山珠子っていいます」
「ふふふ、知ってる。……えっとね、あなたが覚えなきゃならないのは、ここなの」
「ここって、『マウンド』のことですか?」
「あら、『マウンド』はもう覚えたのね。でもね、それだけじゃないの。この野球をするグラウンドには、あちこちにいろんな名前がついてるの」
「えっと……ここは、花﨑町にある2軍球場で、確か……『須田瑠濱ドーム球場』でしたよね」
「そうね、昔、プロ野球にいた名選手で、この旭川出身の人の名前から付いたわ」
「あたし、知ってます! だって、隣は、あたしが通っていた道立旭川北西高等学校だったんですもん」
「そうだったわね。でもね、覚えてほしいのは、グラウンドの中で場所を表す名前のことよ。まずここは、『マウンド』って言って、ピッチャーがいる場所。そして、この長方形の板が、ピッチャープレートよ。普通は、『プレート』って省略して言うことが多いわ。……ところで、『ピッチャー』は知ってるわよね」
「えへへ、テツ子さん、ピッチャーぐらいは知ってますよ! ここから、バッターに向けてボールを投げる人のことですよね!」
「ええ、そうよ。……じゃあ、こっちに来て」
徹子は、1塁の方へ歩き出した。
「ここが『1塁』よ。この近くにいるのが、『1塁手』って言うの。『ファースト』っていう時もあるわ」
「へえ~……じゃあ、守っている人を『ファーストハンド』って言うんですか?」
「え? 『ファーストハンド』?」
「あ、『ファースト』を守る人だから、『ファーストマン』とかですか?」
「えっとね、『ファースト』って言えば、1塁を守る人を指す場合もあるから、『ファースト』だけでいいのよ」
「へえ~そうなんですか。難しいですね……。」
「ええ、難しいわね。ファーストをそんなに難しく考える人を初めてみたわ。あなたに、ポジションを教えるのがこれほど難しいとは思わなかったわ」
「え? ポジションっていう場所はどこなんですか? 早く、そこに行ってみましょう! あたし、頭だけじゃ覚えられないんです。ちゃんと自分で体験しないとダメなんですよね!」
徹子は、びっくりしてドームの天井を見上げた。グラウンドのポジション名を教えるだけで、陽が沈みそうな気になってきた。
(つづく)




