13 第1章第12話 徹子の決意
「じゃあ、1年で成果を出していかないといけないということなんですね」
新城監督と珠子の契約の話を聞いて、時間的に余裕がないことを徹子は感じた。
「まあ、テッちゃん、そんなに心配しなくてもいいよ。僕がタマちゃんに期待しているのは、野球の成績じゃないんだ」
「え? じゃあ、何をすればいいんですか?」
「うん……それはね……。まあ、とにかくできることをがんばってくれれば、みんなだって理解してくれるはずなんだ」
やはり新城監督は、珠子をチーム再生のきっかけとして考えているようだ。プロ野球において、やはり優勝を目指すことが大切であり、3位もビリもそんなに変わりないということらしい。
ここで新城監督の目指すところは理解した徹子だったが、具体的にはいったい何をすればいいのか、考えあぐねていた。
「そうですか?……でも……いったい何をやったらいいんですか?」
「そうだね。それは、1つだけ確認しておいた方がいいね。それは…………とにかくベンチに入り続けて、チームのみんなの刺激になってもらいたいんだ」
「刺激ですか?」
「そう、試合にさえ出れば、きっとチームのみんなには刺激になって、それまでの自分じゃできなったことができるようになると思うんだ」
野球のことは全く知らない珠子が試合に出るということは、並大抵のことではないと思われる。増してや、プロ野球選手であるチームメイトの優勝に向けて目覚めさせるなんて、徹子には荷が重いように感じられた。
「つまり、タマ子さんは、自分の成績を上げるより、チームのみんなの刺激にさえなればいいってことなんですか?」
ただ、野球の技術で素晴らしい成果を見せるのではないことだけが、多少ほっとしたところもある徹子だった。
「ああ、少なくとも、タマちゃんが試合に出れば、みんなはびっくりするはずなんだ。それは、自分たちだけじゃなく、相手もね。それから、試合を見てくれるファンの人たちもさ。だから、別に勝つことだけを考えて野球をしなくていいからね。のびのびと野球を楽しんでくれればいんだよ!」
新城監督の話を黙って聞いていた珠子が、初めて口を開いた。
「あたし、とっても迷ったんです。野球をするか、このお話を断ろうか。……でも、監督が、『楽しめばいいから』って言ってくれたので、決心したんです。今の自分のできることを精一杯頑張ろうって思ったんです!」
珠子の目には、何かキラキラしたものが映っているような気がした。きっと不安なことも多いと思うが、その前向きなやる気は徹子にも分かるほどだった。
「ね、分かったろ、テッちゃん。タマちゃんが、楽しんで野球をやってくれれば、きっとうちのチーム……北海道ミルクファイアースは強くなるよ! そして、今年は日本一になれると思うんだ。だから、テッちゃんも手伝っておくれよ~」
少しうつむいて今までのことをもう一度頭の中で繰り返した徹子は、顔を上げ、しっかりと新城監督を見て言った。
「分かったわ、新城監督。1年という限られた時間で、タマ子さんの力を借りてチームを強くして日本一を目指そうということね。だから、ゆっくりやってる暇はないということかしら?」
「ああ、そうだよ。野球を何も知らないタマちゃんに、必要最低限の知識と技術を教え込んで欲しいんだよ」
「……分かったわ! その代わり監督、いっぺんに言われても私も困るの。とりあえず、差し迫った目標だけをその都度確認するから教えて。期日と目標だけよ。それも、出来るだけ一つに絞ってください」
「分かったよ、テッちゃん。……とりあえず、2週間後に紅白戦を行う。タマちゃんは、その紅白戦の時、最終ピッチャーとしてチームのみんなに紹介するから、それまでに野球のルール、あ、基本だけでいいからね、とにかく試合に出られるようにお願いするよ」
「ええ! 2週間で、野球のルールですか?」
「ああ、とりあえず、ピッチャーとしてリリーフさせるから、それができるようにお願いするよ」
「ふぁあーー、こりゃ、頭が痛いわ……」
「よろしくお願いします! テツ子さん!」
珠子は、笑顔で徹子に頭を下げた。
「……よし! 分かったわ。それじゃ、ビシビシ行くわよ、いいわね、タマ子!」
「はい!」
初めて珠子を呼び捨てにした徹子の言葉には、しっかりと目標を見据えた力強さが加わっていた。
(第1章 完 ・ 物語はつづく)




