117 第6章第17話 大事なこと
ファイアースの攻撃はまだ続く。ノーアウト、ランナー2塁1塁、続くバッターは4番のエイエス。しかし、ホームランを狙った大振りは、レフトフライに倒れた。
1アウト、ランナー2塁1塁。5番千波はショートフライ、6番形山はセンターフライに終わり、1回表のファイアースの攻撃は1点に止まった。
「おい、千波、形山。何を大振りしてるんだ? 4番のエイエスがホームランを狙うのは当たり前だが、お前たちの役割は違うだろ? ランナーを2人も残してしまうなんて……よく考えなよ……」
怒鳴るわけではないが、それなりに厳しい言葉を投げかけた多澤は、珠子の方を向くと表情をコロッと変えて、笑顔で言った。
「さあ、タマ子ちゃん、四国のみんなにもジャイロボールを見せてやろうか!」
「はい! 多澤さん!」
1回の裏、ビジターチームの守る番である。珠子と多澤は、元気に所定の位置に向かって走っていった。
ベンチに残ってグラウンドを見つめる徹子のそばに、ヘッドコーチの森元がやってきた。
「すまんなテツ子……本当はわしらコーチが言わんといけないんだけど、多澤には後でよろしく言っておいてくれ……」
「いえ、森元コーチ。多澤さんは、ちゃんとチームの成長を願うから、自分で判断して厳しい言葉もかけるんです」
「確かにな……多澤には、ずっと2軍監督の声もかかっていたんだよ。でも、あいつは、ずっとチームの中にいることを選んできたんだ。選手たちも、コーチや監督に言われるのと、チームメイトに言われるのじゃ、雲泥の差があるんだ。嫌な言葉でも、同じ苦労をしているチームメイトからの言葉だと素直に聞けるってもんだよな……」
「はい……森元コーチ。……本当にすみません、あの時は……。もっと、森元コーチの言葉を真剣に聞いていれば、私だって1軍に上がれたかもしれないのに……」
「いや……あのときは、お前だって頑張っていたじゃないか……わしなんかより、何十倍もな……」
「でも、今、タマ子の様子を見てると、私ももっと素直にアドバイスを聞いていれば……って、思うんです」
「大丈夫だ! テツ子。お前は、今でも活躍できるさ、お前のいるべき場所でな! 頼むぞ!」
「はい……森元ヘッドコーチ!」
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“さあ、ファイアースの選手が守備位置につきましたね。今日は、北白山は、どんな投球を見せてくれるんでしょうか?”
“彼女は、登板する度に成長していることがよく分かります。投げるボールの種類も増えましたし、なにより自分の力の特性を上手く使えるように進化していると感じます”
“そうですね……今日は、打率10割の甘野との勝負もあります。楽しみですね~…………おっと、既定の投球練習が終わったところで、キャッチャーの多澤がマウンドに行きました”
“最終のサイン確認でしょうかね……”
「あれ? 多澤さん、どうしたんですか? なにか、まずいことでも?」
「あ、いや、違うんだ。……今な、思い出したんだ。いいものがあることにな」
「え? 何ですか?」
「あのな、この球場を出て、公園の方に行くと、お昼にはたくさんの屋台っていうか、お土産物屋が出るんだよ。たぶん、試合が終わるころでも、まだやってると思うんだ」
「ん? …………」
「食べたいって言ってたろ? タマ子ちゃん?」
「はあ……食べたい? あ、まあ~せっかく愛媛県に来たんだから、この辺にしかない美味しいものが食べたいとは言いましたけど……」
「あのな、この屋台に、ミカンジュースで炊いたご飯のオニギリを売る店があるんだよ。ちょっと酸味はあるけど、甘くて美味しいオニギリだぞ。他では、絶対に食べることはできないからな」
「でも、あたしたち、外には出られないって……」
「ふん、大丈夫さ。俺たちには、明日の試合での出番はないんだ。少しぐらい食べ過ぎても大丈夫だって。バレないように、俺が連れていってやるからよ!」
「本当ですか! キャ! うれしい! あ、そうだ、テツ子さんも一緒でいいですか?」
「ああ、もちろん、構わんぜ! その代わり、今日は、頑張ってくれよ、タマ子ちゃん。早く、試合を終わらせような!」
「はい! がんばります!」
“おや、マウンド上で、ピッチャーの北白山が、キャッチャーの多澤に向かって敬礼してますね……う~ん、でも、とても笑顔ですが、何か作戦でも授かったのでしょうか?”
“ひょっとして……とんでもないことをやるつもりかもしれませんね。……あの多澤キャッチャーは、昔から球界一番の策士と言われていましたからね……”
(つづく)




