114 第6章第14話 タマ子の計画
「ねえ、タマ子? もう荷物の準備はできたの?」
「はい! もうバッチリですよ! 見てください、このスーツケース!」
「!? なによ、それ? 遊びに行くんじゃないのよ。下着の着替えだけで十分なのよ! それに前回の九州遠征のときはそんなに荷物を持って行かなかったじゃない」
珠子が抱えていたのは、身長の半分もある大きなスーツケースだった。
「えへへ……あのときは、初めてだったし、それに九州のときはカバンが小さくてお土産をあんまり買えなかったじゃないですか。だから、四国へ行くときは、九州の分もお土産を買おうと思って……。あ、それにテツ子さんだって、枕元に置いてあるスーツケースは、大きいんじゃありません?」
「なに言ってんの。私は、肌ケアのためにいろいろ持っていかなきゃならないの! あなたのスーツケースよりは小さいわよ! お土産を買って入れるにしたって、タマ子のスーツケースは大き過ぎるんじゃない? いったい、何が入っているの?」
「ええっと……夜寝るときに着るパジャマでしょ、それからホテルから出て散歩するときのスカートやワンピースでしょ、四国の愛媛だから太陽も強いと思って麦わら帽子も入れちゃった!」
珠子がスーツケースから取り出したのは、大きなつばに綺麗なリボンが巻きつけられた麦わら帽子だった。
「まったくもう~……あのね、タマ子、外出する時間なんかないわよ! ホテルを出るのは試合と練習のときだけよ!」
「ええ? お土産物とかはどこで買えばいいんですか?」
「そんなのホテルの売店で買うか、時間があれば飛行場で買うしかないけど……別にお土産なんて買う必要ないじゃない! いったい誰にあげるのよ?」
「友だちとか、家族とか……楽しみにしてるんじゃないかな?」
「バカね……楽しみにしてるのは、試合で活躍することよ! タマ子は、先発が予定されているんだから、ピッチングでがんばればいいの! その方が、お土産を渡すより何十倍も喜ばれるからね!」
「へえ~そうなんですね……」
珠子は、スーツケースを一つ小さいものと交換し、荷物の詰め直しを始めた。
「出発は明日の朝よ。今日はもう遅いから早く寝なさい!」
「は~い……ところで、プロ野球って、どうしてあんな遠いところへ試合に行くんですか? この間も九州の熊本へ行きましたよね。全部、この北海道の旭川の球場でやればいいじゃないですか?」
珠子は、年間の試合予定表を眺めながら、不思議そうに徹子に尋ねた。
「あのね……今さら、何言ってんの? まったくもう……。日本のプロ野球のレギュラーシーズンでは、リーグ内対戦が125試合あるの。リーグ内にある他5球団と25試合の総当たりね」
「はい、この日程表にもそう書いてあります。だいたい3試合ずつ行うことが多いですよね」
「それに、セ・リーグの6球団とも試合をするの」
「はい、交流試合っていうんですよね。これは、1球団3試合ずつですよね」
「分かってるじゃない。だから、私たちは、レギュラーシーズンで143試合しなければならないの。そこまで分かってるなら、九州や四国へ行って試合するのも分かるでしょ?」
「え? 別に北海道だけで試合してもいいじゃないですか? 移動しないからあたしたちは疲れないし……」
「あのね……プロ野球はスポーツなんだけど、お客さんに野球の試合を見せる興行商売ということでもあるの。だから、試合を行うお互いのチームの興行収入というのも大切になるのよ。もし、ファイアースの試合をすべて北海道でやったら、収入はすべてファイアース側のものになってしまうでしょ。まあ、テレビやラジオの中継料とかもあるけど、それでも相手のチームにしてみれば不公平になるわよね」
「そうか……野球を見に球場に来れば、入場料がとられますもんね。あれが、球団の収入になるんだ」
「だから、こまごまとした約束事があって、試合の開催場所は、球団の本拠地がある場所で50%以上行わないとダメなの。つまり、半分は、試合相手の球場で行うことが決められているの」
「う~ん……だから、1年を通して、あたしたちは日本各地に旅行ができるのね! パ・リーグだけでも5カ所に行けるし、セ・リーグは2年に一回は本拠地開催ってなってるから、少なくともあたしは3カ所に行けるのね」
もう一度珠子は、今年の日程表を眺めながら、指折り何かを数え始めた。
「タマ子……何を数えてるの?」
「テツ子さん、あたしいいこと思いついたわ! あのね、この地方へ遠征に行くけど、あたしがすべての試合で投げるわけじゃないでしょ? だから、試合に出ない日は、ちょっとだけ年休をもらってあちこち散策に出かけるの。……あ、もちろん、毎回ベンチには入るわよ! みんなの活躍も見たいし、なにより応援しないとだからね! でも、試合が夕方からだったら昼前にちょっととか、日中の試合だったら終わってから夜にちょっととか、散策するの! ね、いいでしょ!」
珠子は、とても嬉しそうに日程表を見ながらあれこれ想いを巡らせていたが、徹子は呆れた顔をして一言だけ言ってすぐにベッドに潜りこんだ。
「ないわよ、プロ野球選手には、年休なんか。お休みになるのは、首になったときだけだからね……」
(つづく)




